「…な、なに、言い出すんですか!加集さん!縁起でもない!」
「あ、ゴメン」
加集は隣に座っていた後輩に怒られ、
笑いながら頭を掻いた。
「全く加集は、駄目な奴だ」
「修行が足りない。口で滅ぶタイプだ」
「俺が回し蹴りしてやろうか」
ここぞとばかりに言いたいことを次々に皆が言い出し、大笑いした。
玲も笑ったが、玲の笑いは引きつっていた。
離婚は余計だけれど、加集の言ったことが、案外、的外れでもない気がしたから。
桜田と一時期重なりながらも、付き合い始めた同期の新しい彼が良かったのは最初だけだった。
すぐにデートもろくにせずに、玲の体ばかり求めるようなった。
寝物語にも仕事の愚痴ばかり言い、金がない、が口癖のその男に玲は辟易していた。
夜の街の雑踏の中、別れ際に加集は
「トロントに遊びに来なよ。観光案内するよ」
と玲に言った。
「絶対行く!約束する。私、一生懸命お金貯めるから。それ迄元気でね」
玲がそういうと加集はにっこりと笑い、それが彼のお決まりの、片手を軽くあげるポーズをした。
「待ってるから」
加集の後ろ姿を見送りながら、玲は胸が締め付けられた。
遠くへ行かないで欲しかった。
何時の間にか、涙が頬を伝う。
でも、加集を追いかけることなど出来ない。
玲が加集に会ったのは、それが最後だった。
加集と出会った頃の玲は、恋を知らず、男を追いかけることも知らなかった。
今の玲はもう、そばに生身の男がいなければ生きてゆけなかった。
加集は加集の、玲は玲の人生を生きるしかなかった。
数日後、加集は再びトロントへ渡った。
加集と初めて出会ってから、既に十四年の月日が過ぎた。
ダイニングテーブルに置かれた加集との二枚の写真。
1枚は、東京での空手のトーナメント戦会場で、試合直前に撮ったものだ。
この頃、すでに玲は痩せていて、今の体型と同じだ。化粧もしている。
1年振りの再会にまともに目を合わせてくれなかった加集。
34歳になった今なら、その理由がわかる。
彼は急に大人びた玲に何かを感じ、目を合わせるのが恥ずかしかったのだ。
玲はもう1枚の写真を手にとる。
加集がフィギュアスケート選手のように、跳躍しながら体を回転させ、対戦相手の頭上にハイキックを決めた瞬間を捉えたものだった。
「加集さん、こんなにかっこ良かったんだ…」
玲は写真を撫でながら呟いた。
「あ、ゴメン」
加集は隣に座っていた後輩に怒られ、
笑いながら頭を掻いた。
「全く加集は、駄目な奴だ」
「修行が足りない。口で滅ぶタイプだ」
「俺が回し蹴りしてやろうか」
ここぞとばかりに言いたいことを次々に皆が言い出し、大笑いした。
玲も笑ったが、玲の笑いは引きつっていた。
離婚は余計だけれど、加集の言ったことが、案外、的外れでもない気がしたから。
桜田と一時期重なりながらも、付き合い始めた同期の新しい彼が良かったのは最初だけだった。
すぐにデートもろくにせずに、玲の体ばかり求めるようなった。
寝物語にも仕事の愚痴ばかり言い、金がない、が口癖のその男に玲は辟易していた。
夜の街の雑踏の中、別れ際に加集は
「トロントに遊びに来なよ。観光案内するよ」
と玲に言った。
「絶対行く!約束する。私、一生懸命お金貯めるから。それ迄元気でね」
玲がそういうと加集はにっこりと笑い、それが彼のお決まりの、片手を軽くあげるポーズをした。
「待ってるから」
加集の後ろ姿を見送りながら、玲は胸が締め付けられた。
遠くへ行かないで欲しかった。
何時の間にか、涙が頬を伝う。
でも、加集を追いかけることなど出来ない。
玲が加集に会ったのは、それが最後だった。
加集と出会った頃の玲は、恋を知らず、男を追いかけることも知らなかった。
今の玲はもう、そばに生身の男がいなければ生きてゆけなかった。
加集は加集の、玲は玲の人生を生きるしかなかった。
数日後、加集は再びトロントへ渡った。
加集と初めて出会ってから、既に十四年の月日が過ぎた。
ダイニングテーブルに置かれた加集との二枚の写真。
1枚は、東京での空手のトーナメント戦会場で、試合直前に撮ったものだ。
この頃、すでに玲は痩せていて、今の体型と同じだ。化粧もしている。
1年振りの再会にまともに目を合わせてくれなかった加集。
34歳になった今なら、その理由がわかる。
彼は急に大人びた玲に何かを感じ、目を合わせるのが恥ずかしかったのだ。
玲はもう1枚の写真を手にとる。
加集がフィギュアスケート選手のように、跳躍しながら体を回転させ、対戦相手の頭上にハイキックを決めた瞬間を捉えたものだった。
「加集さん、こんなにかっこ良かったんだ…」
玲は写真を撫でながら呟いた。

