声は聞こえなかった。

ざわざわと何か人の気配がする。

何人かの。

誰かが覗いてる…?


玲が目を開けると、フロントガラス越しに三人の男たちの顔がアップで飛び込んできた。

「きゃああああ!」

大きな悲鳴を上げ、玲は飛び起きた。

男たちは、玲の様子に、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。


「……どうした?」

加集が玲の悲鳴で起きた。


「男の人が三人、車の中を覗いてたのー!気持ち悪かったあ!やだあ!」

玲が興奮して言うと仰臥したまま、加集はニヤリと笑う。


「あー、きっと俺たちが車の中でセックスしてると思って、覗きにきたんだろうね」

「!」

加集の口からセックス、と言う言葉をきいた玲は驚き、真っ赤になった。

今まで加集をそういう対象に見ていなかったのに、その気になれば出来るのだ、という事実。


「こんなところに車停まってたら、絶対やってると思うよなあ…」

ブツブツと加集が言う。
玲の心臓はまだ、ドキドキしていた。

加集は仰臥したままゆっくりと玲の方を向き、諭すように言った。


「玲ちゃん、簡単に男に身体許しちゃ駄目だよ」

「!」

玲はまた焦り、さらに赤面した。

男性経験がないことを加集に見抜かれたと思った。

「女の人は、男で変わるから。自分自身を大切にしなよ」


加集の声は優しく掠れ、愛の接合が終わった後のように満ち足りていた。

「….うん」

玲は俯きながら、素直にうなづく。

加集ならいい、と思った。

いい、ではなく、抱かれたかった。

痛烈に彼の逞しい体の皮膚に触れたい欲望に駆られた。

加集なら、いい方へ導いてくれる。

吊り橋を、渡った時のように身も心もすべて預けて。
しかし、そんな事は絶対に口には出来ない。

車の中で加集が玲に触れることはなく、その日二人は別れた。




そして、春が来ると二人は本当に離れ離れになった。


加集はカナダ・トロントへ旅立っていった。