「空手部はなかったんだよ。テニス部、女の子も多いし、なんかイイなって。
でも、兄貴たちにばれてさ、テニスなんて何考えてんだ、コウセイ、お前ふざけんなって猛反対されたんだよ。

俺、三人兄弟の末っ子でさ。
家の近くに道場があって、兄弟で幼稚園のときから空手習ってたんだ。
お前らカンケーねえだろって思ったけど、兄貴たち、当時めっちゃ強かったから絶対逆らえないわけ。
夜、寝ながら枕を涙で濡らしたよ。

結局、剣道部入ったんだけど、なんでテニスが駄目で剣道ならいいのか、未だにわかんないよ」


最後の方はブツブツと愚痴をこぼすように言う。

うん、うんとうなづきながら加集の話を聞いていた玲は、枕を涙で濡らした、というくだりでつぼにはまり、大笑いした。


「玲ちゃんは、部活動なにやってたの?」

「私は、中学では卓球部、高校では帰宅部…」
そう言うと玲の話はそこで終わってしまった。

玲は家族以外の異性に、自分のことを話したことがないに等しかった。

男の人が自分のことを知りたいと思うはずがないと思っていた。


加集はとても和やかに、玲に他愛ない質問をいくつかし、玲のことを知ろうとする。

彼は初めて、玲の心の扉を叩いた男だった。



昼ご飯を済ませた二人は帰路に着いた。

午後三時。少し陽が翳ってくる。

「冬は日が短くて嫌だなあ…」
ハンドルを握りながら、加集があくび混じりに言う。


少し走ったところで、加集は急にウインカーを出し、車を少し広くなった道路の脇に停めた。

ただの山道なのに。

加集は無言でシートベルトを外すと、いきなり自分のシートをフラットに倒した。

玲は怯えた。

加集に何かされるのかと身構えた。


「眠いから、ちょっと寝る。昨夜二時まで飲んでたから」

加集はそう言って、ジャンバーを脱ぎ、運転席に体を横たえると玲の隣で目を瞑った。

ジャンバーを掛布がわりにして。

玲は呆気に取られた。

すぐに加集は寝息を立て始めた。


若さと生命力に溢れた真っ直ぐな男。

悩みなどなく、明るい希望しか持っていないかのようだ。


(気持ち良さそうに寝てる…)

加集の健やかな寝顔を見ていたら、心の底から玲の気持ちは温かくなった。

そして、自分も眠くなってきた。


(私も寝ようかなあ…)

玲はコートを脱ぎ、シートを倒して加集の横で眠ることにした。