「なにこれ…高い…」

橋の入り口で、玲は蒼白になる。

吊り橋は玲が思ったより、全く頼りなかった。

吊り橋というくらいだから、当たり前なのかもしれないが、端と端が何本かのワイヤーロープで繫いであるばかりで、命綱としてはあまりに心細い気がした。

しかも、一度に何人かがその橋を渡る。

そのくせ、絶壁の下は深かった。

海からの波がそのままの勢いで荒々しく絶壁にぶつかる様子が恐ろしかった。

渡ろうとすると、目の前がクラクラする。
貧血を起こしそうだった。
足を滑らせて落ちたら、確実に死ぬ、そう思うと怖くて渡れそうもない。


「玲ちゃん、大丈夫?」

玲の様子に、加集が口元に笑いを含みながら尋ねる。

「…」
玲はただ黙って自分の足元を見つめた。


「はい!」
加集は右手を差し出した。

玲が顔を上げると、そこには加集の優しい目があった。

飛びつくように玲はその手を、自分の右手でしっかりと握る。
加集の手はひんやりと冷たかった。



柔らかくて大きくて、力強い手。

生命力に溢れた男の手だった。

この上ない安心感に包まれ、玲はその手に全身を預け、歩き出した。



「玲ちゃん、高いとこダメなんだ」

アスファルトの山道を歩きながら、加集がからかうように言った。

「自分でもこんなにダメだとは思わなかったんだもん…」
玲はしょげた。

「さっきから足痛そうだなあ?」
加集が玲の足元を見て、言う。

踏んだり蹴ったりだった。
玲の靴ずれは限界に達していた。

ストッキングの上から貼ったバンドエイドなどすぐ、取れてしまった。

必死に平静を装っていたのに、ばれてしまった。


「うん、すごく痛いの…死にそう」

「まじ?こんなとこで死なれたら困る。おんぶしようか?」

加集が急に立ち止まり、しゃがむ。

「じゃあ、お願い。」
ふざけている、と思った玲は、笑いながら、加集の肩を背後から両手で掴んだ。

次の瞬間、フワッと玲の体が浮き、コートごしに加集の背中と自分の体が密着した。

加集の両手は玲の両膝の裏に回され、玲は加集の背中に乗っていた。


びっくりして、「きゃあ!」と声が出た。
悲鳴ではなく、嬌声だった。


「ラクでしょ?」

加集は無邪気に笑いながら言い、玲を背負ったまま歩き出す。

「俺、力だけはあるんだよね。握力左右70オーバーあるし。玲ちゃんはどの位ある?」

行き交う人が玲たちを見る。
回りにいる人の目など彼は気にしなかった。

「20ない……」
玲は小さな声で答えた。

体格の割には非力だった。

「へ?」
加集は目を丸くした。