『…じゃあ、仕事なら仕方ないね』


昼前になってサトルは急に、玲の帰宅を許した。


4時からの勤務だった。

汗かきのサトルのせいで、身体中がベタベタしていた。
出勤する為に、シャワーを浴びて髪を洗いたかった。

髪を乾かし、お団子ヘアに結い上げるには、早目に支度しなくてはならない。
もうあまり時間がない。

わかってはいたが、身体のあちこちが怠かった。


それに、きちんと確認しなくてはならないことがあった。

「ううっ…」と唸り、不承不承起き上がると、玲は遮光カーテンを開け、ドレッサーの鏡に向かった。


「えっ…‼」

玲は目を見開いた。

サトルによってつけられた首筋のキスマークは、朝よりも酷くなっていた。

それは左の鎖骨の上の辺りにあった。

朝は虫刺されのように赤かった色が赤黒く変色し、痣のようになっている。

「どうしよう……」

ラウンジでは、長い髪は束ねるのが規則だ。
束ねれば、丸見えになってしまう。

虫刺されという言い訳はどう見ても、白々しかった。
絆創膏を貼るには、隠しきれないほど大きい。
それに返って目立ってしまう。


玲は、ブラウスのボタンをいくつか外し、胸元を開いた。

左の乳房に付けられたキスマークも赤黒い大きな痣になっていた。

「やだあ、酷い…」

そして、腕まくりをして、左の二の腕の内側と、スカートをたくしあげて左の太ももの内側を、次々に見た。

そこに付けたれたキスマークも同じような痣になっていた。

「もう…なんてこと….」

玲は泣きたくなった。


やめてと頼んだのに、サトルはふざけて玲の肌を吸い続けた。

窓の外が明るくなり始めた頃で、玲は眠くて仕方なくて、結局やりたいようにやらせてしまった。
もっと真剣にやめてと頼むべきだった。

こんな状態では仕事に行くことは出来ない。

玲は休みの連絡をラウンジに入れた。

風邪で、と玲が言うと電話に出たマネージャーは、
「南沢さんが突発で休むなんて珍しいね。お大事に」と言った。



これで、佳孝が帰ってくるまで休める。

佳孝は外で同僚達と食べるから夕飯はいらないと言っていた。
7時までは確実に帰ってこないだろう。


しばらく寝よう。

玲は安堵感から着替えることもせず、シャワーも浴びず、そのままソファに横たわり、眠りに落ちた。