夕飯の後に、玲と佳孝がカラオケをするのも毎年恒例だった。

佳孝は斉藤和義の曲を歌う。

車通勤の佳孝は、カーステレオで毎日このミュージシャンの曲を聞いていた。

玲は佳孝の歌声が好きだった。

佳孝は、普段、飄々としていて、歌など歌いそうもないのに、歌い出すとなかなかうまかった。

「はい。玲の番」
佳孝はマイクを玲の方へ寄せる。

玲がカラオケをやるのは年に1回、この保養所に来た時くらいだ。

独身時代は、カラオケが好きだったのに、結婚してからは歌わなくなった。


「どうしよう…」

玲がカラオケのリモコンを手にしながら言うと、モニターに安室奈美恵の昔の曲が映し出された。

それは、去年も玲が歌った歌だ。

新しい歌は知らないから、いつも同じ安室奈美恵の昔の曲を歌う。


「玲はいつも安室ちゃんだよね。」
佳孝が得意気に言った。

玲はありがとう、という代わりに大きく頷き、歌い始めた。





1時間ほど楽しんだあと、部屋に戻った。


そして、毎年そうするように、夫婦の交わりを持った。

ひと月半ぶりだった。

玲の脱ぎっぷりはいい。

灯りを暗くした途端、すべて脱いでしまう。

下着を変な風に引っ張られたりするのが嫌なのだ。

そんな玲を佳孝は、後ろから強く抱きしめた。


「なんかまた大きくなったみてえ。すごい張ってる…」

布団の上で、佳孝は玲の乳房を揉みしだきながら言った。

「…もうすぐ生理だからかな」

玲は佳孝の愛撫を受けながら、他の男のことを考えていた。


先週、豊は、会う約束を前の晩になってメールでキャンセルしてきた。

豊と付き合って二年になるが、ドタキャンは初めてだった。

豊はメールに 急性腸炎になった同僚の代わりに出勤しなければならない、と書いてきた。


(本当のところはどうなんだろう…)

豊との空気が前とは違う。

豊の結婚生活は多分、うまくいっているだろう。

何を考えているのかわからないところがある佳孝とは違い、豊はいつも機嫌がいい。
サービス精神があり、人を笑わせるのが好きだ。


玲は豊を手離す気はなかった。

豊は玲にとって甘いお菓子と同じだった。甘いお菓子は、玲を気持ちよくさせてくれる。


さらに今、玲は手を伸ばせば、サトルという新しいお菓子も手に入る。
玲のスマホの住所録には、サトルが潜んでいる。

サトルが本気で自分を好きな訳ではないことは、分かっている。

1回くらいなら試してみてもいいかな、と思うが、付き合うつもりはなかった。