玲はふと、優香が骨付の鳥の唐揚げを真ん中だけ食べては、次の唐揚げに箸を伸ばしている事に気付いた。

優香の取り皿には、まだ食べられる部分が残った唐揚げが幾つか載っている。

それは、確かに幼児には食べにくいものだけれど、見苦しい光景だった。

誰もが気づいているはずだったが、父親の健一ですらそれを注意しなかった。


玲は意外だった。

健一は思ったことをすぐに口にしないと気が済まない性格だった。

口が災いし、トラブルを起こすこともあった。

四十過きで子宝に恵まれ、娘可愛さに目が眩んでいるのだろう。

玲は言葉を飲み込んだ。
余計なことを言い、場の雰囲気が悪くなってはまずい。


「ねえ、ママあ。玲おばちゃん、
おっぱいにミルク入ってるの?」


いきなり、優香が隣に座っていた恵子に聞いた。

玲は驚き、食べていた刺身が喉に詰まりそうになった。
思わず、赤くなってしまった。

恵子は気まずそうに
「そんなこと言わないの」とたしなめた。

「だって、おっぱい大っきい」

優香の無邪気な言葉に、玲の父は下を向き、他の者は苦笑した。

「子供は正直よねえ」
取り繕うように玲の母が笑いながら言った。



熱海の保養所には午後4時半ごろ着いた。

早速浴衣に着替えた玲と佳孝は、落ち着いた和室で横になり、夕飯の時間まで休むことにした。

「久しぶりに高速を運転したから疲れちゃった」

玲が伸びをしながら言うと
「高速教習してる気分だったよ」
佳孝はにこっと笑った。


保養所の食事時間は6時からと決められていた。

夏休みの保養所は家族連れで賑わい、食堂は満席状態だった。

グループごとに分けられたテーブル上には、刺身や天ぷら、魚の焼き物、茶碗蒸し、デザートのメロンに一人前の鍋物などが所狭しと並べられていた。

わかっていたのに、つい小田原で食べ過ぎてしまい、玲も佳孝もあまり箸が進まなかった。

ありふれたものだが、残すのも勿体ない。


玲と佳孝は白米は食べないでビールを飲みながら、ちびちびと料理を食べることにした。

佳孝は食堂に据え付けられたテレビのバラエティー番組をぼんやりと眺めていた。


玲たちの通路を挟んで、となりのテーブルでは、若い夫婦が幼子と食事をしていた。

ショートカットの母親はビールを飲みながら食事をし、向かいに座った茶髪の父親は隣にいる幼い息子に甲斐甲斐しく食事の世話を焼いていた。

(子供は2才くらいかな…)
玲は思う。


優香が生まれてから小さな子供の年齢がなんとなく分かるようになった。

少しやんちゃな感じの若い父親が、子供の口に食べ物を運んでやる光景は、とても微笑ましかった。

男の子の可愛い頬っぺたが、もぐもぐもぐ、と動く。
その様子が何ともいじらしい。


「煙草、やめようかな…」

幼子の黒くて円らな瞳を見ていた玲は思わず呟いていた。

煙草を吸っていると、妊娠しにくいという話を聞いたことがあるけれど、本当だろうか。

1日に3,4本しか吸わないから、やめようと思えば、いつでも止められる気がした。