山本加奈にはまったく理解ができなかった。ハルカの彼に対する愚痴、悪評、そして文句の数々が。ハルカはなんとか同意を得ようと奮闘しているものの、カナの心を揺さぶるには至らなかった。カナにとってはそのユタカの愚行など取るに足らない事で、それは彼女のもう消える事のない腕の傷と、押すと潰れる鼻が物語っていた。
「・・で後は?」
「うん、そんなもんかな・・。」
カナはハルカの話を夕方から聞いていた。そろそろ日付が変わる。ハルカの情熱はカナのスタミナをガツガツと削り、持ち前のマシンガンも弾切れに陥っていた。勝負の行方は、開始四十五分の所で、一度受身に回った時点で、カナの敗北が決定した。
「ユーは(ハルカはユタカの事をユーと呼んでいる)ワタシが何を作っても、何をしてあげても<あぁ・・あ、あぁ・・そう>としか言わないの!ねぇ、どう?こんなに気合の入らない毎日ったらないわ!」
ハルカの「あぁ・・そう」と言っている時の顔があまりにヘンな顔で、しかし言っている本人が情熱タップリに言うので、おかしくて少しだけ目が笑ってしまった。アウト。その序盤の攻防戦が勝負の分かれ目。悔やんでも悔やみきれない。
「何よ!アンタまで!そうやって!」
「ち、違うの!」
ここからは防御に徹する。いつもはカナの方が酒のペースは早いのだが、今日はハルカの方が喉の渇きが早いらしく、置いていかれ気味になっている。三杯目と二杯目。圧倒的とも言える違いである。
「だからー、ワタシは変わらない日々にウンザリなの!」
「そう?」
「そうよ!」
「だって、田口君だって」
「おかわり!」
・・・反則である。非紳士的行為である。なかなかお目にかかれないぐらいのファウルである。しかし、ハルカはおかまいなしに
「おかわりぃ!」
言ってのけた。今の行為にカードもでないとは、審判は何をみているのだろうか?しかし、ハルカのその満面の笑みにカナは打たれた。「アラ、かわいいじゃない」と思いながら座椅子から腰を上げて、冷蔵庫に向かった。カナはレズではない。若い頃から試練の恋を繰り返した結果、自分に向けられた本当の好意は、それがどんな形であれ愛してしまう心になっていた。だから、この場合のように相手が女でも、それが酔っ払いでも、どんなに汚いファウルを犯してもまぶしい笑顔で迫られると、カナは愛してしまう。