いつのまにか眠ってしまったようだ。田口豊はありえない音を聞いた。台所の料理を作る音だ。
「ハルカ!」
イスから立ち上がり、台所へ駆け寄る。が
「ゴメンね。ハルカさんではないワ。」
ハルカじゃない。誰だ?髪型も違う。声も。顔も。背の高さも。
「ワタシ、アナタの事ずっと見てたの。」
わからない。台所の女性は誰だ?
「ワタシはあのテーブル。」
ますますわからない。彼女はテーブル?
「アナタ達がこの家に住む時に、一緒にこの家にやってきたテーブル。」
「えっ?」
「そうね。わからなくてもいいわ。人はそうだもの。人以外が語るのは許さないものネ。」
・・・。
「もう少し待ってて。今、おうどん作ってるの。」
・・お、おうどん。自分は、ワケがわからない存在に「おうどん」とやらを作ってもらっているらしい。
「あのぉ、アナタのお名前は?」
もっともである。
「名前?なによ、忘れちゃったの?チェスカ。アナタ達がつけてくれたじゃない。もう!」
確かにそうだった。あのテーブルはチェスカだ。ハルカがドコかから持ってきたイタリア製のあのテーブルの名前はチェスカだ。ボクは新しいこの家にはもう少し無機質なカンジのスマートのデザインの物が良かったのだが、ハルカがどうしてもゆずれないとねだった品だった。
「えっ・・?ホントに?」
「ホントよ。後で説明するから待っててよ。せっかくの出会いなのに・・・」
チェスカはボクには聞こえない声で文句を言ってる。しかし、・・・理解できない。なぜチェスカと名乗る彼女はこの部屋で、この時間に、エプロン姿で「おうどん」ってヤツを、台所で作っているのだ?・・おうどん?・・あぁ、うどんか!udonだ。そばより太く、西日本ではより多く食べられる。
「ねぇ、具がほとんど入ってないけどいいわね?」
「ん・・あぁ」
ほとんど無意識に答えた返事。それをチェスカと名乗る女性はため息ではね返した。
そして、彼女は早く座ってという感じで手を突き出し、僕をテーブルに誘導した。そして遅れること二秒。「おうどん」が登場した。それは素うどんと呼ばれる食べ物に近かった。