――よし、行こう。
キョウちゃん(であろう人)がくれた安心感を胸に、私は暗い廊下をゆっくりと歩き出す。
近づくたびに大きくなる水音
そして強い、塩素の香り
少し湿った空気を纏う廊下をゆっくりゆっくり歩いて行って、温水プールに続く最後の扉に手をかけて、フゥと大きく息を吐いて扉を開けると……誰かが水の中でクロールをしているのを見つけてしまった。
じっと目を凝らしてその人物を見つめていると…
「キョウ…ちゃん」
水の中にいたのは、やっぱり私の大切な幼なじみの藤堂響弥。
――平泳ぎ専門のクセにクロールなんて。
そんな悪態をつきながら、私はヒールを脱いでプールサイドへと歩いていく。
温水プールの中は暖房が効いていて温かいけれど
濡れた床から足の裏に染みる水がとても冷たい。
水の中を自由に泳ぐ生き物のように、水しぶきを上げながら自由自在に泳ぐ、キョウちゃん。
そんなカレを観察したくて。
彼がゴールするであろう場所にちょこんと座って待っていると、彼はゆっくり優雅にクロールをかきながら、どんどん私に近づいてくる。
私の視線の真ん前からどんどん近づいてくる、キョウちゃん。
私に気づいているのか
気づいていないのかはわからない。
だけど、動揺したそぶりは一つも見せずに、変わらないフォームで泳ぐキョウちゃん。
そんなカレの姿を見つめていると
私はキョウちゃんの生きる場所はやっぱりココなんだなぁ、と実感する。
彼は陸よりも水の中がよく似合う。
陸の上のキョウちゃんも素敵だけれど、水の中のキョウちゃんが一番きれい。
水の中にいるキョウちゃんが…
一番自然で、一番きれい。


