問題はこの会釈の意味だ。


わたしがボタンを押した事に対する礼なのか、単に目が合っただけの挨拶なのか、はたまた向こうはこっちを知っているのか……

羽竜本家にいると、一方的に知られているというのもよくある事なのだ。


曖昧な笑みを浮かべて、わたしも会釈を返した。


信号が青に変わり、わたしは一歩踏み出した。

すると、お婆さんが何かにつまずいたようによろめいた。


危ない!


思わず手を差し出した。


お婆さんは、ギュッとわたしの手を握るように掴まった。

指先がピリッと痛む。

さっき切った所かな……


お婆さんがわたしの手を離さないので、わたしは仕方なく、お婆さんの手を取ったまま横断歩道を渡った。


ふわっと桜の匂いがした。


ほのかないい匂い――お婆さんの香水だろうか?

和服だから、匂い袋かもしれない。


道路を渡り切ると、お婆さんはわたしに深々と頭を下げた。