「一度来たお客さんの顔、覚えてるんですよ。忘れないです」
「ウソでしょう」

夏海は、驚き半分訝しさ半分という顔で、良太郎に目を向けた。

「聡が?」
「いや、ホントに。ここに来るようになって、俺も初めてサトルくんのそんな特技知ってびっくりして。サトルくんが言うには、客商売するヤツなら、それくらいは当たり前って言うんですけどね。ホント、びっくりですよ」
「だって、九九も覚えられないで、いつも困った顔していた子なのよ?」

算数の教科書を前に、いつも眠そうな顔をして黙り込んでしまう子どもの頃の聡を思い出した夏海は、良太郎のその言葉に心の底から驚いているといった顔をするが、聡はそんなやりとりに面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「九九がなんだってんだよ」

ぼやくような口振りで、聡は良太郎と夏海に言って聞かせる。

「どいつもこいつも。判らねーってわけじゃねーや。順番間違えたり、すっ飛ばしたりしてただけだろ。一つ一つは、ちゃんと覚えてら」

聡の言葉に、長谷が吹き出して笑った。