「あ、お前今日チャリだよな」

 昇降口で靴を履きながら、アキが総太に尋ねる。

 分かり切ったような質問に総太は首を傾げるが、取り敢えずここは「そうだよ」と返しておいた。

「後ろ乗っけて」

「いいけど、自分のは?」

「今朝パンクしたから無い」

 誰かにイタズラされたのか、偶然の不運なのか。

 今朝自転車に乗ろうとしたら、前輪のタイヤに画鋲が刺さっていた。

 そんな状態の自転車に乗れるはずもなく。

 アキは嫌だとごねる姉を無理矢理説得して、学校まで送って貰ったのだった。

 両親も姉も夜まで帰って来ない為、自転車で片道40分という通学路の帰路をどう攻略してやろうか、実はずっと考えていた。

 電車やバスという選択肢もあるが、自宅からの最寄り駅は自転車で30分掛かる。

 バス停に至っては、路線バスを利用した事が無い為最寄りがどこにあるのか、何という名前なのかが分からなかった。

 決してど田舎という訳でも無い所だが、車社会とはそういう場所だ。

 車に乗れない学生には、とことん優しくない。

 そこで、通りがかった船、もとい、通りがかった総太、ということだ。

「2ケツするの久々だから、揺れても文句言うなよ」

「だったら俺が前に乗る」

「ワザと揺らして落とされそうだから嫌だ」

「んなことしねぇって」

 駐輪場から自転車を引っ張り出した総太の後を着いて、校門まで歩いて行く。

 生温かい風が髪を揺らすが、全く爽快感を感じない。

 首筋を流れる汗を撫でただけだった。