まだまだ残暑が厳しい9月上旬。

 2学期が始まってまだ間もないこの日、夕日が差し込む図書室の隅のテーブルに突っ伏しながら、傍らに置いてあるペットボトルを眺めていた。

 ペットボトルのパッケージを外してしまうと、それは唯の炭酸水にしか見えない。

 透明な液体の中でプチプチ弾けていく気泡を、何となく見つめていた。

 そんな、何でもない放課後。

「──アキ、寝てんの?」

 足音は聞こえなかった。

 突然頭上から降り注いだ声に、情けなくも肩がビクリと反応してしまった。

「寝てない」

 悔しいから、顔は上げずにそのままの体勢で返事をする。

 静かな図書室に、ガタ、と椅子を引く音が響いて、隣の席に親友が座ったのだと分かった。

「何してるの?」

「別に……」

「じゃあ、帰ろうよ」

 帰りたければ先に一人で帰ればいいのに。

 そんな風に思いながら、アキはゆっくり身体を起こして親友──総太を見遣る。

 涼しげな顔でニコリと笑う総太を見ていると、なぜか愛犬の顔を思い出した。

「ヒデヨシそっくりだな、お前」

「秀吉? え? 戦国武将の?」

「犬」

「え? ヒデヨシって猫の名前だろ?」

「は? ウチのは犬だけど。ゴールデンレトリバー」

 微妙に噛み合わない会話を続けていたが、それはアキが席を立った事で自然と終わった。

 アキを追い掛ける様に総太も席を立ち、2人並んで図書室を出て行く。

 まだまだ明るい夏の空。

 それでも少し翳りを帯びた日差しが差し込む廊下には、吹奏楽部の演奏と、運動部の掛け声が響いている。

 誰も居ない、放課後の廊下。

 総太はちらりとアキを見遣るが、彼の視線にアキが気付く事は無かった。