奥の父親の部屋から物音がする。

 泥棒か?

 それとも父親が帰宅したのか。

 だが、玄関のハイヒールからして、父親ではないと断言できる。

 想像よりも実際に物音がする部屋のドアを開ければいいことだけなのだ。

 もし、知らない人なら、時間を止めて逃げればいいことだ。

 中にいる人間はまだ、戸井田に気がついていない。

 一気、部屋のドアの前まで行き、息をつく暇もなくドアを開けた。

「あっ!」

 戸井田は安心からか声を漏らした。知っている顔だった。

「こんにちは……」

 と、その女性は戸井田に向き直り、会釈した。

「こんにちは。お久しぶりです……」

 戸井田の前には失踪していた義母がいた。一緒に過ごした時期は二年ほどで、関係も薄く、ほとんど会話などした
ことがなかったのだ。多感な時期だったので、母親代わりにはなれなかったし、疎ましくさえ思った。ただし、父親が義母に暴力を振るっている間は、戸井田は見て見ぬ振りをした。