「やぁ、春樹くん」

 後ろから突然かかるナホの声。
 今度は、真昼間。初めて会った時と同じ公園で、炎天下、アイスを食べていた僕に、どこからか近寄ってきた。
「うぉっ、ちょっ、またお前かよ…」
「驚いたろう」
「いつもどこから湧くんだアンタは」
「君が鈍いだけさ」
「そうかよ」

 実際、ナホは人間なのだろうかと思うほど、本当に影が薄い。お化けかなんかではないのだろうか。
「そうだね、君は『寿限無』を知っているかい?」
「落語か?知ってるけど、何をいきなり」
 こいつは爺さんか。
「あれって、名前のイントネーションの面白さが笑いになって注目されることが多いだろ?」
「そりゃ、そういう話だからだろ」
「甘いなぁ、春樹くんは」
「そんなこと言われたって、僕は落語なんてそんな聴かないし、君みたいに博識じゃないからな」
「そういう素直なところが好きだぜ、僕は」

 何故、ナホは毎回こんなに告白大会なのだろうか。やめてくれ。僕は思春期の健全な男子だ。
「で、何故僕は甘いのさ」
「悪かったね。
 そうだね…例えば、縁起の良い言葉を教えてくれる和尚様がいるだろう」
「……いたな」
「思いだすのに時間がかかるかい?
 …まぁ、『寿限無』なら中々いい名前だろう。だが、『食う寝る処に住む処』これはどうだろうか。名前として」
「んーあーまぁ、そう言われればおかしいよな『パイポパイポ』とか、何人だよ」
「そうさ、そこさ。和尚様は、自分の知識を自慢したかっただけなのさ。途中から楽しくなってね。

 人が真剣に考えてる子供の名前で、そんなこと。迷惑だよね。
「あぁ、なるほどなぁ。っていうか、そんなにたくさん聴いたこと無いって、僕は。そんなこと分かんないよ」
「それもそうだね。ちなみに、『パイポ』は唐土のパイポ王国の歴代の王様の名前だぜ」
「ほんと詳しいな…」
「それより私は、寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水……。とにかく、ご両親の愛情に感服するばかりだね」

 何でナホは寿限無でこんなに話を広げられるのだろうか…。
 僕はさほど乗り気でもないというのに。そもそも、こんな炎天下で考え事をさせるなんて本当に面倒である。
「まぁ、あんだけ長い名前を、しかも良い意味のものを付けて…。どんだけ可愛がってるんだろうな」
「あんなに長くて、滑稽な名前を付けてしまったけれど、とてもよい家族なんだろうね。
 物語に語られない、それからの日々を思い浮かべるだけで、また私は楽しい気分になれるよ」
「想像力豊かなんだな」
「子どもと言うのは、寝顔が可愛いからな。子守歌を歌って寝かしつかてやるのは、さぞ幸せだろうな」

 知ったように言いやがって。
「想像力豊かなんだな」
「……ふふ。今回は悪かったと思ってるぜ。私の話に、無理矢理付き合わせてしまった形になるからな」
「自覚してたのかよ」
「まぁね。…そうだ、君は、この落語のサゲを覚えているかい?」
「オチってことだろ?
 たしか……子供が寝坊して、入学式に遅刻しそうになるのを起こそうと、何度も名前を呼んだんだっけ? でも、読んでる間に夏休みになっちまうっていう。そんなに時間がかかるかな?」

「…ほぉ、君はそっちのサゲバージョンを聴いたのか。
 メジャーなのは、寿限無の長介くんが、友達を殴っちゃって、親に言いつけている間に、たんこぶが引っ込んでしまう…。こういうのだったと思っていたが」
「そっちのが現実的だな」
「それに、この方が平和だろ?
 他には、川に溺れた寿限無を助けるため、寿限無の名前を呼んでる間に、溺れ死んでしまう…。っていう皮肉のがあったかな。これは描写が時代に合わないらしくて改変されたらしいが」

「うわー。それはまたダークな」
「だろ。まぁ、どれだけ長くていい名前を付けようと、幸せ・不幸せは皆に平等にやってくる…ってことなのかな?」
 僕は乗り気じゃないと言ったが、ナホと話していると色んな考え方が出来て、悪くない。いい友達だと思ってる。
「ま、そんな感じですかね。私はそろそろ、帰るよ。ありがとう。
 さっきも言ったが、付き合わせて悪かった」
「気にしてねーよ。じゃーな」