「…顔を上げてくれ」
苦しそうに言われて、我に返る。
「俺を見てくれないか」「ど、して」
だってそんなこと一度も言ったことなかったじゃない。なんで今更。
どうして?
「頼む」
「…いや」
それだけは、と顔を反らした私に、大きな手が伸び、そのまま上を向かされる。
初めての彼の体温に、今まで、ピンと張りつめていた糸が切れた。
だって、境界線を引かなければ平静でいられなかった。
感情のどこかを凍らせておかないと、みっともなく泣いてしまいそうだった。
なのに。
彼を見上げてしまう。
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