ある日、カムイがいつものように街の仕事から帰ってきて水をくもうと川へ行くと、フードを被った少女がおろおろしていた。
迷ったらしい。

「…どうしたんだ?」

と、カムイが聞くと、少女は怯えたように肩を震わせ振り向いた。
フードで顔は見えなかったが、その華奢な身体から16~20歳ぐらいの女性であることは予想できた。
彼女は、透き通るようなか細い声で囁くようにして言った。

「家へ帰る道が分からなくなってしまったのです……。」

今にも泣き出しそうだ。

「………あんたの家はどこなんだ?」

カムイは送ってやろうと思い、尋ねた。

「街に出ればわかるんですけど……。」
「街!?」

カムイは心底驚いた。貧民たちは貴族たちが闊歩する街から離れた、森の奥でひっそりと暮らしており、街など何かを売りに行くときや、よっぽどの用事がない限り足を運ばない未知の世界なのである。
つまり、街に行くにはこの森を抜けなければならない。
カムイが水汲みに来たのは運搬の仕事を終えた夕方……ーーもちろん今から行っても日があるうちに街にはたどり着かないし、か弱そうな彼女がどうやってここに来れたのかも見当がつかなかった。

「…まぁ…どういう経緯でここに来たのかは知らないけど……、今日、街まで行くのは無理だ。」

「そう……ですよ……ね。」

彼女は明らかに落胆した声を出した。

ーーーでも、どうしようか……。まさかこんな女の子を野宿させるわけにも……。

あ。とカムイは口を開いた。

「俺の家に泊まるか?」
「え!!」

彼女は口をあんぐりと開けている。
そこで初めてカムイは自分の言葉の軽率さに気付いた。そして顔がすぐに赤くなった。

「あ………えっと……そんなんじゃなくて………その…………、…………………ごめん………。」
「いえいえっ!…すみません、私を助けて下さろうとしているのに……。その……ご両親とかは……ご迷惑ではないのですか?」

慌てて彼女は言う。

「俺は一人暮らしだから全然平気。両親は……処刑されたから……な……。」
「そう……でしたか………。」

気まずい沈黙が流れた。

「ま、とりあえず、ここにいても日が暮れちまう。来いよ。」
「はい。ありがとうございます。」

彼女の顔は相変わらず見えなかったが、口許だけは微笑んでいるのが見えた。
悪い人だとは思っていないのだろう。

カムイが歩き出すと、彼女は付いてこようとして転んだ。
足首を抑えながら痛さに顔を歪めている。

「挫いたのか?」

そう聞くと、

「いえ、転けただけです。すみません、ご迷惑をおかけして……。」

と言いながら立とうとするが立てるはずもなく再びしゃがみ込んだ。
カムイは近くの川で自分の首に巻いていた布を浸し、彼女の足首に巻き、彼女を切り株に座らせた。

「街から来てて、足が疲れてないわけがないんだ。……無理をするな。」

彼女への心配から少しきつい言い方になってしまった。
彼女は申し訳無さそうに俯き、そして、

「ごめんなさい。」

と謝った。
カムイが笑って「うん。」と返すと、彼女は顔を紅くさせてはにかんだように微笑んだ。