むりやり立たされたその男は、今やっと目覚めたように目を丸くして俺を見つめた。


凄んだと思ったら急に情けなくなり、胸ぐらを掴んだ手を離しそのまま座り込んだ。


「そうだよ…たいした人生じゃなかったよ確かに。


…このままじゃ浮かばれねぇよ俺。


言いたい事もやりたい事も、今じゃなくてもいつかでいいやって。

見たくない触れたくないものは全部避けて、


何一つ中途半端なままだよ…。


こんなに急に死ぬなんて思うわけねぇじゃん!



なぁ!あんた神様の息子なんだろ!


なんとかなんねぇの?


俺が死んだ事取り消しとかできないのかよ!」


いつの間にか座っていた男の顔を覗き込むように俺は懇願した。


男は机に頬杖をつき、時々襟足を弄りながらつぶやいた。


「できなくもないけど…。」


意外に簡単で拍子抜けした俺は返す言葉がなかった。



「死んだ事を帳消しする事はできない…でも。」


「でも?」


「死ぬ前に戻ることはできなくもない…。」


そういうと男は俺を見上げ目で訴えてきた。


「どうする?」と。


「それでいいよ!戻れるんだったらそれでいい!」


俺は四つ這いになって男に迫った。

 
「で、どのくらい戻れるんだ?」




「1ヶ月」




男は今までのやる気のない眼差しをガラッと変え俺を睨んだ。


「1ヶ月」


長いのか短いのか微妙な時間だ。


「1ヶ月後俺は死ぬのか。」


俺は泣き崩れる母ちゃんを思い出した。


「どうする?」今度は言葉で男は聞いてきた。


「1ヶ月だってなんだっていい!生きかえれるんだったら。

頼む!俺を帰してくれ!」


俺は机の上で土下座した。


男は机から落ちた書類を拾うとさっきとは違うハンコを押し、俺の前に突き出した。


その紙には「留年」と書かれたハンコが押されていた。