いつものように用意された弁当を持ち家を出た。


もう不安は何もなかった。


この1か月間俺は一生分生きた。


悔いはない。



玄関を出て生まれ育った家をもう一度眺め感謝の気持ちを込め目を閉じた。



深く息を吸い込み瞼を開き自転車をこいだ。




試合相手の常陽高校に着くとすぐに昔同じチームだった奴らが目に入った。



「お~草野。お前サッカー辞めたのかと思った。」


そんな言葉は今はどうでもよかった。


特に反応を示さない俺が癇に障ったようだが、もう随分悔しい思いは味わった。


冷やかしなんかに惑わされるような柔な気持ちはもう捨ててきた。


「勝たせてもらうよ。」


ハッタリかもしれないけど、この試合がラストゲーム。思い切り行くそれだけだった。


ホイッスルと共に蹴り出されたボールを追いかけた。


有望視されていた中学時代。


サッカーをするための志望校へは進めないと知り、悲観的になった日々。


そして桜井と共にやり直した今日までの日々。


所々を思い出しながら走り続けた。


試合は俺のブランクに油断したのか、向うは思うように点数を取れず大差をつけるどころか、同点でゲームは進んでいた。


常陽の市川とは中学でエースを争い俺が勝った。


上手くいっていた時は自分の立ち位置なんて気にもしていなかった。


前しか見ずに足元も、後ろも振り向くこともせず突っ走っていた。


自分が中心に回っていると思っていた。


でも違っていた。いかに自分はもろく崩れやすい場所に立っていたのか、そして、一度崩れ落ちた場所から這い上がることの難しさを。


崩れ落ちて初めて気づいた。


勝手な被害妄想で傷ついてくすぶり続けた時間を今なら笑い話にできる。


中途半端だった俺の走馬燈もこれならそこそこのものになっていることだろう。


そうこのボールがネットに突き刺さり、これがハイライトになるんだ。


それで十分。それで最高!



陽炎でぼやけるゴールポストに向かって、ソローモーションでボールが軌道を描いた。




勝って終了なんてよくできたストーリーだった。



虚しくボールはゴールポストに当たり頭上を越えていった。



そこからはあっという間の展開で、ポストからパスをもらった市川がシュートを決め1点差で敗退した。


俺の夏が終わった。


かっこよくないのが最後まで俺らしかった。