「そうね…啓ちゃん達を置いて出ていった時は本当に人でなしって思ったよ。借金があって大変なことも知っていた。でも美代ちゃんは夫婦で一緒に何とかしようって思っていたのよ。何とかできるって思ってた。」


おばちゃんは当時を思い出すように目を細めた。


「仕事がうまくいかなくてね、借金の取り立ても来るようになってね。なんとかその取り立てをやり過ごす日々だったのよ。そのうち女房子供に手を出すみたいなことで脅されるようになってね。どうにもならない日々に、プツンと何か張りつめていたものが切れたようにお酒に頼るようになってて。
そんなある日美代ちゃんに手を上げちゃったのよ…それがショックだったのね。


急にいなくなったの。


離婚届と『もう迷惑はかけない、すまない』って手紙を残してね。」



この話を聞く限りひでぇ奴なのかもしれない。


俺が親父を探そうとしているのは間違っているのかもしれない。


古い傷をほじくり返してまた痛みを味わわせようとしているのかもしれないと思ったら、一気に不安になってきた。


「でもねいなくなって十年くらいたった時かな、突然手紙が届いたのよ。


借金を完済した報告だったみたい。


美代ちゃんは啓ちゃんのお父さんのこと決して悪く言わなかったわ。


どうして出ていったか分かってたからね。」


遠くを見つめながらおばちゃんは続けた。


「取り立てで美代ちゃんと啓ちゃんを危険な目に合わせないために出ていったのよ。


十数年経って美代ちゃんが初めて話してくれたのよ。


自分たちのために出ていったってことをね。」



「母ちゃんは親父に会いたいとは思わないのかな。」


直接母ちゃんには聞けないことを投げかけその答えを待った。


「今更会えないって思っているんじゃないかな。あの人がいない間、啓ちゃんと二人で支えあって来たからね。


二人の生活の中にあの人がいないことが当たり前になっていたからね。」



立ち止まることなく進んでいく日々、辛くても、悲しくても何があろうと進んでいく時間。


その時間は残酷なようで記憶の傷跡を癒し、忘れさせてくれる。


俺がいなくなったこともいつか当たり前の毎日が来る。


おばちゃんのくれた答えを俺は噛み締めた。