診察時間を終え静けさが広がる病院の廊下には俺の足音だけが響いた。


『内海 詩織』と名札が差し込まれた病室には、医者と看護士がついていた。



「少し安定しましたが…今夜が峠でしょう。」


医師は気持ちを察するよう、丁寧に伝えて病室を出て行った。



酸素マスクを着け目を閉じ眠るばあちゃんは、微かに繰り返す呼吸で生きている事を伝えているようだった。


心臓の音が電子音になって響いた。



ベットの側に静かに座り、力なく置かれたばあちゃんの手にそっと触れた。


熱を感じピクッと動いたかと思うと、その手は俺の手をゆっくりと包みこんだ。


「レオ…レオね。」


吐き出す息とさほど変わらない声でそう言った。



「うん…ここにいるから。」



そう言ってばあちゃんの手を握り返した。



弱弱しくもリズムを刻んでいた心拍音が時々途切れだした。


「レオ…疲れたでしょう…ありがとうね。」


こんな状況でも俺を気遣ってばかりだ…。



伝わってくるばあちゃんの手のぬくもりから、無声映画のようなモノクロの映像が広がった。








終戦前の東京


次から次へと担ぎ込まれる負傷兵を、まっすぐに暖かい眼差しで癒す




それは…ばあちゃんたっだ。





誰もが悪化していく状況の先に敗戦を感じながら、それを口にすることができずにいた。



体の傷よりはるかに深い傷を心にうけ兵士は苦しんでいた。




その中に俺に似たその男がいた。




生きているのに死んだように命の灯を自らの思いで消そうとその男は、生きることに背を向けていた。



国のため命を捨てることが美徳とされた時代。


生きながらえながらも、国に負けという結末をもたらした己に誰もが屈辱を抱き苦しんでいた。



そんな消えかかる灯をばあちゃんは、両手で消すまいと包み込みまっすぐに手当てし続けた。



男は体の傷とともに己をゆるし、少しずつ心も回復させていった。



薬など十分なほどなく、助けられない命が毎日のように消えていった。



ばあちゃんは立ち止まることはしなかった。


ひたすら信じて前に進んでいた。


男は生きる者、死に逝く者をばあちゃんとともに見届けたいった。



側で見守っていたからこそ、ばぁちゃんが抱える計り知れない苦しみ辛さを感じていた。





そして



1945年  8月15日   日本は敗戦し戦争は終わった。