わたしは毎朝職場に着くとすぐ、各階のホールの新聞ラックにその日の新聞を置きに行っている。
ホールの一面のガラス窓からは晴れた日には真っ青な空が見える。
三階では遠くの山がきれいに見える。そんなときだけ、疲れが取れる。
ふんわりあたたかい毛布で包まれたようなほのぼのとした時間だった。
利用者はみないそぐことなくただ一日をのんびりと暮らしている。
そんな雰囲気が好きだった。

その新聞ラックで毎日新聞を待ち構えているおばあさんが山田キヨさんだ。
八十九歳で二階の個室を利用している人だ。
二階利用者のまとめ役のような存在だった。
レクリエーションの時や食事の時は周りの人の面倒を見ている。
食事の後にはテーブルをふく手伝いをしているのを見た事もある。
「ここのスタッフはいい人だけどね。私が若い時はもっとテキパキ働いていたよ。」
といつもいやみを言っていた。
キヨさんは次男夫婦と一緒に暮らしていたのだが、キヨさんがお嫁さんに世話になりたくないという強い希望があってこの施設を利用している。
「だって、恩着せがましくて嫌な女だったんだよ。」
といつもお嫁さんの悪口を言っていた。
「うちのじいさんが生きていた時なんかね、じいさんに色目を使っていたんだよ。」
「・・・キヨさんの思い違いじゃないですか?」
「ばかだねあんたは!私にはわかるんだよ。じいさんはもう死んじまったけどね。
 じいさんもじいさんだよ、まったく!」
私は、おじいさんのことを懐かしそうに話すキヨさんが寂しそうに見えた。