2015年8月24日 午前11時07分
与那国島沖南部 海上
無音は微睡みから覚めた。
時計を確認すると、およそ一時間ほどウトウトとしていたようだ。
先ほどまでの気分の悪さは無くなっていた。酔止めが効いたのかもしれない。
寝台から身体を起こし、寝汗をタオルで拭っていると、ちょうど船員が入ってきた。
「お、少しはマシになったかい?先生」
船員の声が妙に遠く感じられた。酔止めの影響が出ているのだろうか。
「えぇ、お陰さまで…少し寝たら楽になりました。私一人だけこうしてゴロゴロしちゃって申し訳ないです」
船員はガハハと笑った。
「気にすんなや。作業が始まってるのにゲーゲーされてちゃ困るだろ?」
皮肉なのか励ましたつもりなのか、よく分からない船員の言葉に無音は苦笑いした。
「それで、今どのあたりまで来たんですか?予定だとそろそろポイントに着くとありましたが」
「おぅ、あとちょっとってところだな。10分も数えてりゃ着くだろうよ」
彼は何も着けていない左手首をトントンと指差しおどけてみせた。
- なるほど、海の男というものは実は人当たりの良い陽気な人種なのかもしれないな。
無音はそう思い、すぐにそれが尚早な結論である事に気付いた。
…まったく、サンプル一つで結論させてしまうとは。科学者としてあり得ない思考回路が働いているのだから、まだ本調子ではないのかもしれない。
「お?もう動いても大丈夫なんかい?まだ休んでてもいいって」
立ち上がり、外に出ようとする無音に船員が声をかけた。
「えぇ、もうすぐ到着なんでしょう?少しは体を起こさないといけませんからね」
無音は首を鳴らしながら甲板へと向かった。
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外は相変わらず強烈な日差しが容赦なく降り注いでいた。蒼い海面がそれを乱反射し、目をまともに開けることが出来ない。
無音は顔をしかめつつ、サングラスをかけた。偏光フィルムが光線を遮り、表情筋の硬直を緩和してくれた。
またも噴き出してきた汗がシャツの下で流れていくのを感じながら、無音は海原へと視線をやった。
地平線の果てまで蒼が、ただただ広がっている。
-この海の底に、例の奇妙な隕石があるのか。
いつからそこにあったのだろう。誰にも見つけられることもなく、ずっと佇んでいたのだろうか。
潮風を体に浴びながら、ふと感傷的な気分になっている自分に気付き、無音は自嘲的に笑いながら頭を掻いた。
桐山から話を持ちかけられて以来、自分はどうにも心を揺り動かされている。
久々にやりごたえのあるフィールドワークに出たから?特異な隕石を自分の手で調査できるからだろうか?
彼はそれ以上に、何か得体のしれない興奮を味わっていた。
言葉にはうまく言い表せない、何か「運命」の様なものを感じていた。
例えるなら、出会うべくして出会ったような…
-いや、待て待て。「運命」ってなんなんだよ。
これはいよいよ以ってイカれてきたらしい。どれだけ舞い上がっているんだ、自分は…
改めて頭を掻きつつニヤけていると、後ろから船員の声が響いてきた。
「おぉい、そろそろ到着するぞぉ、先生」
-いよいよ対面の時が近づいてきたみたいだ。
