「…はい?」

「だから与那国だよ、ヨナグニ」

「与那国って…あの、沖縄の?」

「そう。こぉんなデカい蛾がいるんだよな」

桐山は手のひらを目一杯広げ、ニヤリと笑った。
食堂で巨大な蛾の話を平気で持ってくるあたり、やはり学者である。
無音はかつて図鑑で見た、ヨナグニサンの写真を反芻し、顔をしかめた。
…いや、そんな事はどうでもよいのだ。

「なんで与那国なんですか?天文と何の関係が…」

「まぁ、取り敢えずこれを見てくれたまえ」

桐山はタブレットPCを操作し、無音に一枚の写真を見せた。

「これは…海中の写真ですか?」

「ああ、君は与那国海底遺跡を知っているかい?」

無音はうなずいた。
与那国島の南部の海底には、まるで人工的に加工された様な巨石群が存在する。
もっとも、それが人の手によるものか否かは未だに解明されておらず、「遺跡」と呼ぶには不確かであるという意見もあるが。

「ここは人気のダイビングスポットになっているんだが、そこであるダイバーが面白い物を見つけたと写真を残していてね」

そう言い、桐山は写真の一部分を指差した。
そこには、人工的に加工されたかのような平らな巨石群に混じり、無骨な岩の塊が1つ収まっていた。
なるほど、整備された他の巨石に比べて、そこにある事に若干違和感を感じる。しかし…

「…面白い物なんですか?コレ」

「この写真じゃ少々分かりづらいな。…よっと」

桐山は指でタブレットを操作し、次の写真を見せた。
そこには、先ほどの岩の塊を接写したものが映っていた。
それを見た無音は、急に目の色を変えた。

「…!これは…」

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「ほぅ、流石に気付くのが早いね。私が見込んだだけある」

無音は桐山の賛辞を完全に聞き流し、写真に食い付いていた。
そんな彼の豹変ぶりに笑みを浮かべつつ、桐山は続けた。

「これが、何だか分かるね?」

「…ウィドマンシュテッテン構造。オクタヘドライトですね」

「その通り。つまるところ、隕石だな」

桐山はテーブルの上に備えてあった爪楊枝を取り、口にくわえ揺らし始めた。
喫煙者の彼は、全面禁煙の食堂において、口寂しさを紛らわすために良くこのような真似をする。
無音はそんな彼の親父臭い行為に一切気を留めず、いつの間にか彼から奪ったタブレットを操作し、写真を詳細に分析し始めていた。
写真に食い入る彼を眺めつつ、桐山は話を続けた。

「その写真を撮ったダイバーっていうのが、実は私の知り合いなんだが…まぁ彼は『変な石を見つけたぞ!』ぐらいにしか思っていなかったようだがね」

「ここまで立派な隕石なのだから、是非とも調べてみたいと思ったんだが、私は例によって論文に追われて南の島へバカンスに行く暇すらない始末だ。そこで休暇を取らず研究に勤しむような、熱心な研究者はいないかと探していたわけだ」

桐山は口にくわえていた爪楊枝で歯をせせり始めた。

「それで自分が選ばれた…と」

無音は写真に食い付いたまま答えた。

「そういう事だ。それと、早めに我々が手を付けておかないと『お隣さん』が所有権を主張し始めたりするかもわからんからね」

桐山の皮肉に笑いつつ、無音はようやく顔を上げた。

「なるほど。良く分かりました。是非自分にやらせてください」

「そうか!いやぁ良かった、実はもう手配してしまっていたものだからね。断られたらどうしようかと思っていたんだよ」

「ちょっと、自分が断っていたらどうするつもりだったんですか…」

桐山はニヤリとして答えた。

「君はもともとこっちの専門だっただろう?シミュレータを走らせるだけの研究に飽き飽きしていただろうし、君に振られる確率は天文学的数値の逆数に等しいぐらい低いだろうと踏んだのさ」

-流石、そのあたりに抜かりはなかったという事か。
無音は笑った。