強烈な日差しが降り注ぐ東シナ海上に、調査船が浮かんでいる。
無音(よばらず)聡は、その船の縁に寄りかかり、上半身を外側に投げ出し、すっかり胃液だけになった胃の中身を、なおも吐き出し続けていた。

「おぉい、ヨバラズ先生よォ。大丈夫かぁ」

日に焼けた壮年の船員が、半ば馬鹿にするかのような間延びした口調で声をかけてきた。

-- これが大丈夫に見えるわけがないだろうに。

内心、そう皮肉を吐き出し、船員には胃液を吐き出すことで質問に答えてやった。

「これでも波は静かな方なんだがねェ。先生は船は初めてかい?」

無音は言葉を発する気力もなく、かろうじて頭を縦に振った。
船員は「そうかそうか」と笑いながら、無音の背をさすってやった。

「まぁゲロゲロしたくなる気持ちも分からんでもないがね、こんなカンカン照りのお日様の下で伸びてちゃあ、もっとひどい事になるぞ。船室に横になるところと酔い止めを用意したから、それ飲んで少し休んでな。クスリ飲んで寝てりゃ、ちったぁマシになるはずだからよ」

「……お心遣い、感謝…します……」

今度は何とか感謝の意を伝え、無音は船員の肩を借りて船室の中へと入って行った。


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船室は外より涼しく、ガタピシと動く古い扇風機が運ぶ風が心地よかった。
無音は用意された薬を何とか飲み下し、倒れるように簡易ベッドに横になった。
気分の悪さは相変わらず続いていたが、多少なり快適な環境に移った事で、幾分かは楽になったようだ。

「……ふぅ…」

ため息をつき、無音は改めて事の発端を回想し始めた。



…それは、今から一週間ほど前の事であった。