「逢いにきたのは、欲しいものがあったからです」
熱を帯びていく体。
心が乱されて苦しくなるから、言わないでほしいと思う自分。それとは逆に、言ってほしいと思う私もいた。
どちらも、私だ。
「私は、あなたの心が欲しい」
伸ばされた腕。私はその手のひらにそっと触れた。
彼の手はあたたかく、私の手をそっと握り返した。
静かな夜に、私が几帳から姿を見せるための、きぬ擦れの音が大きく聞こえた。
空いているほうで持っていた扇で顔を隠そうとしたら、遮られる。
彼の手に引かれるまま、月を横に、向かい合った。
月光にあてられた、男の横顔は、なんと凛々しく美しいことか。
「私で、いいのですか」
「藤の君でなければ、いったい誰に私は、恋焦がれ文を送ったというのでしょう」
そう微笑む成正様が、そっと腕を引いた。
なだれ込むように彼の腕におさまる私の耳元で、ささやくのは名前と、それ以上に想いがこもった、言葉だった。


