母から、夕方メールが来ていた。

[お父さんと和也と出掛けてきます。
夕飯はカレー作ったから食べて。
戸締りお願いします。 ]


なんで、こんな時間に出掛けるのか、肝心なことが書いていないと杏奈は思った。

自室に戻った杏奈は、ベッドに横になった。

車酔いでもしたかのように気分が悪かった。

(もしかして悪阻なのかもしれない…)


杏奈は携帯を取り出し、市内の産婦人科を検索した。

処置を受けるなら、近過ぎても遠過ぎても駄目だ。

ふと、自分の腹に手をやった。

芽生えたばかりの命。

それを疎ましく思い殺そうとしている自分。

(鬼だ…)
杏奈は思った。

麻人を責めるつもりはなかった。

いつも適当な避妊の仕方をしていたのを杏奈も承知していたのだから。

妊娠などすると思っていなかった。

今更こんなタイミングで出来るなんて皮肉としかいいようがなかった。




萌子はため息をついた。

二日前に留美の母から電話連絡のあったように、今日、配達証明で封書が届いた。


「念書書いたら、こっちに送ってよ。」

電話口で留美の母は言った。


封書を開けると一枚の紙が入っていた。

それには「念書」と一番上に記され、

[私共はこの件に関して、深く謝罪をいたします。
付きましては処置料、及び慰謝料といたしまして金50万也をお支払いすることをお約束いたします
。期限に関しては、この文書が届いてから一ヶ月以内といたします。]

あとは署名欄と印鑑を押すようになっている。


萌子は読みながら、怒りがこみ上げ、紙を破り捨てたくなった。


留美の母がどんな人物に相談してこんな書類を送り付けきたのか知らない。

でも、自分の監督不行き届きだって原因の一端のはずだ。


50万が高いのか安いのかわからないが、これで多少ぼったくろうと考えているのではないか。



「50万かあ…仕方ないな。」

会社から帰宅し、風呂から出た篤は発泡酒を一口飲んでから言った。

「和也のためだ…」

篤は自分に言い聞かせるように言い、新聞を広げた。


本当にとんでもなく痛い出費だった。
といってまさか値切るわけにもいかない。

夫のいうように、和也を守るために仕方ないと思うしかなかった。

「大事な時だからなあ…」

篤は独り言をいい、念書にサインをするように萌子に言った。

せっかくコツコツ貯めてきた定期預金を崩すしかない。
本当に悔しかった。


篤は全く和也を叱らなかった。

萌子も腫れ物に触るようにしていた。

和也はあれから普段通り学校に通い、
塾にも行っていた。
以前と全く同じ生活をしていた。

和也によると、留美は休学しているという。