赤井留美の家は、萌子の住むマンションから歩いて20分程の古びた公営団地の中にあった。


篤が呼び鈴を押す。

留美の母は仏頂面で萌子たちを出迎えた。

「あの、石川和也の父です。」

「どうぞ。」
留美の母は無愛想にいった。

肩までの髪を趣味の悪い赤髪に染めていて、生え際がかなり黒くなっている。

それは彼女の二重顎をとても下品に見せていた。

昔テレビで見た悪役女子プロレスラーに似ている、と萌子は思った。

留美の母に気付かれないように、萌子は家の中を見渡す。

(随分散らかってる…。)


玄関から一歩入ると廊下には、プラスチックごみらしい大きなビニール袋が2つあり、雑誌の山と山の間にと洋服が何着か脱ぎっぱなしに置いてあった。

通された部屋も同じようなものだった。
とにかくあちこちに、衣類が脱ぎ散らかされている。

食堂を通り、六畳ほどの洋室には、丸い折りたたみテーブルが置いてあった。

その前におかっぱ頭の制服のブレザーを着た女の子が、下を向いてぺたんと座っている。


この子が留美か…普通の子だ、と萌子は思った。

留美は萌子たちが部屋に入ってきても顔を上げなかった。

「これ見てよ。」

留美の母が立ったまま、白い棒のようなものをテーブルに放り投げる。

それは妊娠検査薬だった。

「赤い線出てる。留美の部屋で見つけたんだよ。」

留美の母は萌子たちに座るよう促した。

萌子と篤はちゃちなテーブルの前に正座した。

萌子は信じられない気持ちで、検査薬を手に取る。
確かに結果は陽性だった。

「よいしょ」
留美の母が座るために屈んだ。

大きく襟ぐりの開いたセーターの胸元から、豊かな膨らみと黒い下着のレースが見え、萌子は慌てて目を逸らす。

「うちでやってたらしいよ。
あたしのいない間に。」

萌子はなんて答えたらいいのか分からなかった。

和也も留美同様、下を向いていた。


「本当に馬鹿な子。しようがないね!」

そういうと留美の母はとなりに座っていた留美の頭をバシッと叩いた。

「痛っ…」
留美の身体が揺らぐ。

留美は下を向いたまま、親指の爪を噛む仕草をした。



「本当にこの度は申し訳ありませんでした!」

そういって篤はいきなり頭を下げた。

その言葉に萌子は驚いた。

来る途中の車の中で相手の出方を待って、こちらからなにかを言うのはやめようと篤がいった筈だ。

それなのに篤はあっさりこちらに非があると認めた。

「ちょっと待ってよ。何言うの…」

思わず、萌子は篤を遮る。

「いいんだ、和也がちゃんとしないから悪いんだ!」

完全にこちら側の打ち合わせ不足だった。

「そうよね。こういうことは男に
責任があるもんよ。」
留美の母は言った。

彼女は近くにあった自分のルイヴィトンのミニボストンを引き寄せ、ポーチを取り出す。

そして、タバコを取り出すと、断りもなしにライターで火を付け、吸い始めた。


妊婦がいるのに…

萌子は一瞬思ったが、そんな気遣いは無用だとすぐに気づいた。