萌子たちを出迎えてくれたのは、いかにも孫娘のわがままをきいてしまいそうな人の良い老夫婦だった。


「ようこそいらっしゃいました。
ゆっくりしていって下さい。」

二人は何度も萌子たちに頭を下げた。

つられて篤とともに萌子も何度も頭を下げた。

「留美も和也くんもよくやってくれて、助かります。」

目尻の皺を下げ、留美の祖母が萌子に言った。

「そうですか…」

そう答えながら、
(遊びに来たんじゃない。)と萌子は思う。

萌子の目的は和也と留美の勝手な行動を叱り、とにかく和也を連れて帰ることだ。
和也の人生が狂わないうちに。



民宿の食堂に通された萌子と篤は、十日
ぶりに和也と対面した。

和也と留美は萌子たちを見ると立ち上がった。

和也は日に焼け、精悍な顔付きになっていた。

留美は和也の陰に隠れるように立っていた。

留美も同様に日に焼け、小麦色の肌に大きな黒い瞳が更に際立っていた。


「和也ぁ…元気だった?」

叱るつもりだったのに、息子の顔を見たら嬉しくなってしまい、萌子は甘えた声を出してしまった。

「…うん。ごめん。お金、返すよ。
使ってないから。」

和也はジーンズの尻のポケットから、銀行名が印刷された厚い封筒を取り出した。

萌子はそれを受け取りながら言った。

「さあ、和也、帰るよ。学校行かないと。何度も学校から電話が掛かってきてるんだよ。このままじゃ留年しちゃう。
留美ちゃん、悪いけど和也は帰るからね。」

留美は目を伏せ、木目のテーブルに置かれた醤油さしを見つめていた。

和也は萌子の顔を真っ直ぐに見た。
「帰らないよ。俺は留美とここにいる。ここの手伝いするよ。」

「手伝いって、学校どうするの?」

「辞める。」
和也はこともなげに言った。

萌子は途方にくれた。

(なんて言えばわかってくれるのだろう…)

萌子が考えあぐねていると、

「あの…」
留美が小さな声を出した。

「和也くんのお母さん、
和也くん、うちに来ちゃダメですか?」

留美は上目遣いに萌子を見た。

「何?どういうこと?」

「お母さんが昨日、電話で言ってたんですけど、うちに和也くんと住んで赤ちゃん生みなって言ったんです。
神津で生んだら、おじいちゃんたちに迷惑だからダメだって。
うちに住めば、和也くんも学校に行けるからそうしなって言われました。」

和也が留美の家に住む…

それも生むことを認めた上で。

思いもしない提案に、萌子は戸惑った。

「いいよ!学校なんて辞める。
働かないと。」

和也が語気強く留美に言った。

「だめよ!」
萌子は叫んだ。

「学校辞めるのは絶対許さない!
冗談じゃない!だめだからね!」

留美が怯えた目をした。

「萌子。」
篤がなだめるように萌子の肩に手を置いた。

その時、ガヤガヤと釣りを終えたらしい三人の中年の男性客が食堂に入ってきた。

萌子たちの話し合いはそこで終った。