杏奈は陽子を誘い、意気揚々と
『センチメンタル・ジャーニー』
と称して神津島へ遊びにいった。

十九歳の夏だった。

杏奈はあんなに綺麗な海をみたのは初めてだった。

夏休みで、神津島には大勢の若者が遊びに来ていた。


陽子は、社交的な性格だ。

向こうに着くとすぐに高校生の3人グループと仲良くなった。

彼らは受験勉強の息抜きだといった。


その三人の中では一番真面目そうなケンジという男の子と、杏奈はカップルのようになった。

杏奈と陽子は夕飯を食べてから、男の子たちの泊まる民宿に遊びにいった。

夜遅くケンジに「海、見に行こう。」と誘われた杏奈は二人で民宿を抜け出した。

暗い浜辺で喋っているうち、ケンジが「キスしてもいい?」ときいてきた。

高校生のくせして誘い慣れた感じに杏奈は驚いたが、「いいよ。」と答え、ケンジとキスを交した。

杏奈は麻人以外の男としたのは初めてだった。

なんとなく違和感があった。
それは罪悪感だった。

麻人のことを思い出してしまった。

キスをしながら、ケンジの手が杏奈の胸に触れた時、杏奈は身体の向きを変えた。

「ごめん、私、出来ない。」

杏奈は立ち上がり、駆け出した。





麻人は約束の午前十一時に十五分も遅れて来た。

「ガソリンいれてたら、遅くなっちゃった。」

麻人は前と同じ調子で言い、へへッと笑う。

これから深刻な話をするというのに、その緊張感の無さに杏奈は呆れた。


「こんな近いんだから、わざわざ車で来なくたっていいじゃん。」

杏奈は口を尖らせる。

「やだよ。面倒くせえし。」

麻人はいつもどこへでも車で行きたがった。

こうして二人で喋っていると、すっかりもとの鞘にもどったかのようだ。

「車、向こうに路駐したから、早く乗れよ。」

「ここで、すぐ済むよ。」

杏奈はバッグから同意書の用紙を取り出し、麻人に手渡す。


麻人の顔色がさっと変わった。


「ふざけんなよ‼」

麻人は大声で怒鳴り、用紙を破り捨てた


少し強面の麻人が怒ると本当に怖かった。

「お前、俺をなんだと思ってるんだよ!」

麻人の剣幕に杏奈は思わず、立ち上がった。

麻人は杏奈の前に立ち塞がった。

「こんなん書くわけねーだろ!
結婚すれば解決するじゃねーか。
可哀想なことするな。それともお前、
俺がそんなに嫌いかよ?」

杏奈も麻人に負けじと大声で言い返す。

「麻人が浮気するからいけないんでしょ!私のことなんて惰性で付き合ってるだけで、好きでもない癖に!惨めになるよ!」


いきなり、麻人が杏奈の身体を引き寄せ、抱き締めた。

「…!」

体格のいい麻人に思い切り抱き締められた杏奈は、窒息しそうになり、動けなくなる。