その夜…
蓮は卍に呼び出された。
12時を軽く超えている。

「やぁ、蓮。」
「何でしょう、統領。」
「早速任務を頼みたい。」
「…はぁ。」
「これをPCに打ち込まないと今回の任務は始まらないんだ。」

そう言って卍から手渡されたのは広辞苑並みに分厚い紙の束。

「…。一時間くれます?」
「お、そんなに早くできるのか。」
「多分。」
「じゃ、頼んだ。」
「承知しました。」

そう言って蓮がオフィスを出て行こうとすると

「差し入れもって行くからな。」
「え?あ、はい。」

わざわざ言うほどのことか?と疑問に思ったがそのままオフィスを出て自分の部屋へ戻った。
まだほとんど整理できていない。
だが、パソコンだけは机の上にきちんと備え付けられていた。
蓮はこれだけあれば十分だった。
それから30分ぐらいたっただろうか。
コンコンとドアがノックされる。
だが蓮は打つのに夢中で気付かなかった。
蓮は一回集中するとよほどのことがない限り気を逸らすことはない。
広辞苑並みの紙束を手に有り得ないほどのスピードで打っていく。
すると肩を叩かれた。

「…………っ!!!!」

びっくりして勢いよく振り向く。

「ご………ごめん…。」

そこには千尋がいた。
風呂上がりなのだろう、顔がほんのり赤く髪も少し濡れている。格好も薄着だ。いい匂いがした。

「あ、ごめん。」

思わず謝る。

「あの…差し入れ。コーヒーとドーナツパソコンの横に置いといたから。」

横を見ると気付かないうちにコーヒーとドーナツが。

「ありがとう。」

そう言うと、千尋は気が抜けたようにへにゃっと笑った。

「なぁんだ、普通に会話出来るのね。」
「どういう意味だよ。」
「いきなりキスしてきたから、いつも変態なことしか考えてないんだと思ったわ。」
「キス…あー、悪かった。」
「え…?」

蓮は本当に悪いと思っていた。なぜなら…

「俺さ…女との接し方があんなのしかわからない。」
「……。」
「中学生の頃ぐらいからかな、キスしたりとかHしたりだとかそんな付き合い方の方が楽だなって思うようになって。」
「…。」
「他の接し方が分からないんだよ…。」

夕方に見せた軽い蓮ではなかった。
今まで生きてきた人生を反省しているかのようだった。

「…何で私にそんなこと言うのよ。」
「お前が俺に惚れてないからな。キスしてもイヤがってただろ。」
「当たり前でしょ、よく中身も知らない人にキスされて何が嬉しいのよ。」

ハッ…と蓮が嘲笑した。

「世の中お前みたいな奴だけじゃないんだよ。
外見だけしか見てないやつが大半だ。」

蓮は今まで外見しか見られたことはなかった
九条瑠璃、母以外を除いては。
父親は誰だかわからない。
だから瑠璃が死んだと聞かされたとき母の後を継ごうと思った。
一番悲しかったのに泣きもしなかった。

「あんた意外と辛いもの背負ってんのね。」

千尋が諭したように言う。
すると、千尋の指が近付いてきた。
頬にふれる。蓮は少し驚いて肩を竦ませる。

「泣いてるわ。」

そう言って細い指で涙を拭ってくれた。

(俺は…泣けたんだな…)

涙が溢れてるのに気付かなかった。
人前で泣くなんて。

(俺が思ってる以上にこいつは……)

ーーーーーーーー安心できるのかもしれないな。
「なぁ…。」
「ん?」

そう言って細くて柔らかい腕を掴んで引き寄せる。
そのまま千尋の体を腕の中に納めて肩に顔を埋める。

「ちょっ!?」

千尋も最初は抵抗していたが蓮が静かに泣いてるのが分かると頭を撫でてくれた。
その温かさは蓮にとって久しぶりの安心を与えてくれた。