とある高校のとある二年生の教室の…窓際最後尾に、その少女はいた。

「暑いわね…………。」

ひとりでそう呟いて、先ほど自販機で買ったコーヒー牛乳を一気に飲み干す。
教室の中にはもう人の気配など一つもなく、みんな帰ってしまっている。

「帰ろ…。」

ガタッと椅子から立ち上がり、教室を後にする。
そして少女はいつものように階段を下りて正面玄関を出て、帰宅路についた。


そして20分ぐらい歩いたところのサビれたビルの前で少女は立ち止まる。
人の気配は全くない。

少女はすぅっ…と息を吸い込むと、大声を出した。


「広ー!哲ー!いるんでしょ!?開けてよ!!」
「………。」

しばらくすると、ギィ…と古びた扉が開く。

「…大声出すなよ……。」

そう文句を言いながら不機嫌そうに出てきたのは金髪の青年だった。
耳には1つピアスがついている。

「だって、呼んだ方が早いじゃない?」
「そりゃそうだけど…。」


「あー!千尋、帰ってきたの。」

そう言って出てきたのは先ほどの青年と全く同じ顔の青年。
彼ら壱華 広(イチカ ヒロ)と壱華 哲(イチカ テツ)は一卵性の双子である。

「あ、哲ー。ただいまー。」
「お帰り、千尋。」

にこやかに答える。
外見は同じでも、性格は正反対のようだ。

「広も哲みたいににこやかに迎えてくれると嬉しいんだけどな~。」
「無理だ。俺には哲のようなにこやか機能は付いていない。」

千尋(チヒロ)の問いかけに、無愛想な青年、広は言う。

「広こそ、いつも無愛想だから眉間にシワが寄るんだよ。」

にこやか機能青年、哲は広をおちょくる。
広はふん…とビルの中に引っ込んでしまった。

「ホント……無愛想よね~。」
「小さい頃からなおらないや。」

あはは…と哲が笑う。

「あ。」
「なぁに?哲。」
「瑠璃さんの後任ハッカーが決まったって。頭領が。」
「え!?ホント?」


瑠璃さんというのはつい1ヶ月前まで第一級犯罪者死刑執行軍隊で働いていた凄腕ハッカーのお姉さんである。
信頼も厚く、みんなの相談相手にもなってくれていたお姉さんだった…が…1ヶ月前に受けた超S級の凶悪犯死刑執行の依頼で二度と戻らぬ人になってしまった。
そうなったときは皆すごく悲しんで泣いていたものの、1ヶ月たってようやく落ち着いてきた。
すると今度は第一級犯罪者死刑執行軍隊でのハッカー役が空席になってしまったのである。

「どんな人なんだろう…今度の人は…。」
「瑠璃さんの息子さんらしいよ。」
「え!?瑠璃さん子供いたの!?」
「みたいだね~。現在高校二年。」
「同い年か~。」

千尋は胸を高ぶらせた。
尊敬していた瑠璃さんの子供となるとワクワクするのも無理はなかった。

「立ち話もなんだし、家に入ろうよ。」
「あぁ、ごめん!」

第一級犯罪者死刑執行軍隊に所属している彼らはこのサビれたビルが家となっている。外部に情報が漏れるとまずいからだ。
サビれた外見とは裏腹にビル内部は最先端な造りになっている。
扉をくぐって中に入るとすぐ綺麗な女性がいた。

「お帰り、千尋。」

輝かしい笑顔を向けて迎えてくれた。

「ただいま!玲さん!」

彼女は風祭 玲(カザマツリ レイ)第一級犯罪者死刑執行軍隊の隊員である。

「千尋、頭領が待ってるわよ~。」
「うん、わかった。ありがとうっ。」

千尋は元気に答える。
そして哲と二人で二階にあるオフィスに向かう。
そこには第一級犯罪者死刑執行軍隊Phantom頭領ーー巴 卍(トモエ マンジ)もいるからだ。
頭領と呼ばれながらも隊員からはあまり普段の姿は尊敬されない。
何故なら…………

ウィン…とオフィスの扉が開く。

「やぁ、今日も可愛いね。千尋。」
「ナンパはよそでやれ。このオープンスケベ!」
「このオープンスケベ!」

開口一番哲と二人で罵倒する。

「頭領……その口縫ってあげますよ。」

ゴソゴソと裁縫箱を取り出す広。先ほど引っ込んだ後、自分の部屋には向かわずオフィスで書類整理をしていたようだ。

「待て、広。それは痛そうだからせいぜいわき腹くすぐりの刑で止めてくれ。」
「そんなんで頭領のナンパ癖が止まるんでしたらやってますよ。」

広は呆れ顔だ。
広が取り出しかけた裁縫道具をしまうのを見届けてから卍が口を開く。

「さて…と。千尋、瑠璃の後任ハッカーが来るという話は聞いたか?」
「うん、哲から聞いたー。」
「それでだ、明日後任ハッカー君が来たときにはこの基地の案内をしてほしいんだ。
見かけによらず、広いからな。この基地は。」
「そうだね~、私も最初はよく迷子になってたし…。」

千尋はしみじみと言った。
千尋がこの死刑執行軍の隊員となったのは、わずか3歳のことである。
千尋の両親は死刑執行軍の幹部であり、部下からの信頼もものすごくあつい人たちであった。
そんな2人が出会い、恋をして、千尋を産んだのだ。
千尋が3歳の頃までは幸せな家族だった。
ところが、ある任務によって父と母の命は奪われた。千尋は小さいながらに両親の意志を継ごうと考えたのだった。
それから厳しい訓練を山ほど受け、現在高校二年生という若さで両親と同じように死刑執行軍の幹部となった。
ーーーそして今に至る。

「ねぇ。」

と哲が口を開く。

「今度のハッカーはどんな人?」

ワクワクして身を乗り出している。
ちなみにハッカーというのは、コンピュータを駆使して敵の情報を探ったり、敵にとっての重要なページを潰したり出来る人たちのこと。
瑠璃は歴代執行軍のハッカーの中でもずば抜けて優秀だった。そして、面倒見も良く優しく、みんなのお母さんのような存在だった。
故に、期待が高まるのも無理はない。

「イケメンですか?」

玲がふんわりとした雰囲気で聞く。
大して興味もないのだろうが、質問が浮かばなかったのだろう。

「あぁ、すごくイケメンだぞ。ま、俺には劣るがn……」

卍の声が途中で消え入った。なぜなら……

「広……顔怖いよ?(笑)」

ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇ……と思っているだろうその広の顔は般若と化していたからだ。

「まっ、まままぁっ…明日学校終わってから荷物をまとめて来ると言っていたから、たたっ楽しみに待っていたまえよっ、諸君っ!!」

広の顔に気圧された卍が早口にそう言ってオフィスを出て行った。

「………変なやつ。」

ーーー…………おまえのせいだろ。

ボソッと呟いた広に皆の視線が集まった。