よく分からない『におい』というものにわくわくした。
ないのに、そこにあるような気分になれるなんて、なんてすてきなんだろう。
人間界には、もっとすてきなものがあるのだろうか。
「ジル」
そのとき、水に溶けてしまいそうなぐらい甘く、優しい声に呼ばれた。
「なぁに?母様」
この声を聴くと心が温かくなって、私の大好きな母様の声なのだ。
母様の歌はとても美しくて、王国一だと言われている。子守唄なんか、すごく優しくて、小さいときによく歌ってくれてて・・・
そうすると、決まって良い夢が見られたのよね。
私も母様のような歌を歌いたいと思う。
「母様、父様は?」
「パーティの準備の指揮をしています。もうねえ、はりきりすぎているのよ。可愛い娘の生誕記念のパーティですから」
そんな父様の姿は容易に想像ができた。
「これを」
ふいに母様がそういうと、私に、透明な瓢箪(ひょうたん)の形をした泡玉に砂を入れたペンダントを差し出された。何も言わず、首をかしげてこのものの正体を問う私に母様は答えた。
「これは、砂時計というものです。時のしるべになるものよ。あなたが海の外に出られるのは、上の泡玉の砂が下の泡玉にすべて落ちるまで」