あの朝、目が覚めたら腕に抱いていたはずの温もりが消えていた。
これまでに感じたことのないほどの寂寥感に襲われた。
残されたのは ほのかな香りと肩先の小さな爪痕。
頼りなげなはかない余韻に胸が締め付けられた。
しばらく忘れていた このやるせない感情は切なさ。



・・・否、恋という名だったかもしれない。



ベッドを抜け出したその足元に見つけた薄い布は
消えた女の忘れ物だろう。
何だ?シンデレラを粋がったのか?


いや、多分違うな。
そんな手慣れたことができるような手応えは
ベッドの中では何一つなかった。
それどころか、見た目から想像するよりもずっと初心だった。
恥じらいに微かに震えた唇を噛み、零れる甘い吐息と声を
必死に堪えていた姿がなんとも可愛らしいとさえ・・・


昨夜を思い返し、つい弛んでしまった口元を片手で覆った。


もともと遊びと割りきって楽しめるタイプの女じゃないのはすぐに分かった。
なのに らしくなく俺を誘ってきたのには理由があったんだろう。
目が覚め、我に返って現状に焦り、慌てて身支度をしたせいで
何の思惑もなくただ普通に忘れた。ま、おそらくそんなところだ。


拾い上げた足元の薄い布切れから微かに立ち上る
軽やかな甘い香りに思いはさらに慕る。
豪奢なレースに縁取られたシャンパンゴールドのキャミソール。
昨夜の余韻に浸るアイテムとしては悪くないが
どうせなら別の意味でもう少し気の利いたモンを置いていけよ?
ガラスの靴で姫を探した王子の方がまだました。
これを手にして捜し歩くなんてさすがの俺にもできはしない。


「まったく・・・」


手がかりは戯れの言葉のやり取りの中で聞いた「香子」という名前と勤め先が「それなりの大手」で勤続10年ということだけ。
それだけで、どうやって?と思うだろうが
今の時代、それだけあれば十分だ。
必ず見つけ出してやる。
何がよかったのか、何に惹かれたのかはわからない。
ただ一夜の情事で終らせない。終らせたくない、と思った。


「別に・・・女に惚れるのに理由なんて要らないだろ?」


誰に言うとは無く一人嘯いて
肩の爪痕を一撫でしてシャツを羽織り、携帯のボタンを押した。



「俺だ。一時間後にそっちへ行く。
それまでにある人物について調べてくれ。名前は・・・」



詳細を短く伝え携帯の通話をオフにした後
昨夜のシンデレラの忘れ物を小さく丸めて
ズボンのボケットに突っ込んで部屋を出た。


余裕をもって伝えた時間は、ラウンジで珈琲を飲む為だったが
軽く朝食を摂ることに決めた。
普段は酒を飲んだ翌朝は朝食を摂る気にはならないのに
今朝はどうしたことか食欲がある。


ま、昨夜あれだけ動けばな・・・と また弛みそうになる口元を
咳払いで誤魔化して、エレベーターに乗り込んだ。