不意打ちのキスに抗えないのは、心地よい優しい唇の感触と
キスの合間に漏れる吐息で「香子」と私の名を囁く艶かしさに
忘れかけていたあの夜の記憶が蘇ってきたから。
そう、この後は獲物を食らい尽くすような貪欲なキスに変わるはずだと目を伏せた。
五官を麻痺させてしまうような激しい・・・と
期待に気持ちが昂ぶった瞬間に私を抱きしめていた腕が解かれた。
「あ・・・」
離れていく彼の唇が名残惜しいような、でもほっとしたような複雑な気持ちで目を開くと
彼の伏せがちな甘やかな視線が見下ろしていた。
「昨夜の慰謝料・・・な?」
慰謝料?これが?と私は瞠目した。
下世話な話だけれど、さっきン十万だと請求された慰謝料が
たかがキスひとつでチャラになるなんて、にわかには信じがたい。
「こんなんで、いいの?」
そんな価値観は疑いたくもなるし、こんなに甘くてロマンティックなキスでは
逆に私が得をしてしまったような・・・そんな気がしないでもない。
「これ以上に請求されてもいいのか?」
私の顎を捉えたままでいた優登の指先が
シャツの襟元をなぞり、生地越しにゆっくりと胸の谷間を滑り落ちていった。
あ、と小さく声を上げ思わず目を閉じてしまった私を
クスクスと楽しそうに笑う彼の声がした。
「今回はこのくらいにしておいてやるよ」
今回は、という事は次があるという事なのだろうか?
もしかして何かしら失敗をやらかすごとに
こんな形の賠償を要求されたりしたらと思うと
コップの一つやお皿の一枚だって慎重に扱わざるを得ない。
身から出た錆とはいえ大変な事になってしまった・・・と
盛大にため息をついて項垂れると、また楽しそうに笑った優登が
「行くぞ」と私の手を取り、歩き出した。
なんとも手強い相手にこの先を思うと
またため息が出てしまうけれど、悪い気はしない。
まさに捨てる神あれば拾う神ありだわね。
そう自嘲した私を「なんだ?」と一瞥した優登の
怪訝そうな顔にさえ見惚れそうになる。
「何でもない」と微笑んで見せれば
そうか?とやっぱり微笑んだ彼が「おかしなヤツだな」と
繋いでいた手を放し、私の肩を抱き寄せると額にちゅっと小さくキスをした。
もう・・・ 溶けちゃいそう。
これから3週間、毎日こんな甘やかな日々が続いたら
どきどきしすぎて心臓が壊れてしまうかもしれない。
この分だと彼との「2度目」も、そう遠いことではないかもしれない。
そんな甘やかな予感に浸りながら、少しだけ上げた視線は
見下ろす優登のそれに重なった。
その刹那に感じた思いのままに・・・寄せた唇が重なった。

