本当にこの人の言う通りだと思う。
たかが恋愛。たかが男一人。失ったからといって
何も凹んだり自棄になることはない。
ダメなら他を探せばいい。そう。それだけの事。簡単な事。
なのに・・・
こんなにも脆く弱く想像以上に打ちのめされてしまった自分が情けない。
だからこの人の強さに惹かれ欲したのかもしれない―――
「っ……あ……ン」
口元を手の甲に押し当て、漏れる喘ぎを無理やりに押さえ込むと
そんな抵抗は許さないとばかりに、私の背後から抱きしめている彼が
腕を掴んで下し、私の指に自分のそれを絡めて握った。
「声、出せよ」
吐息交じりの彼の囁きが小さな嘲笑いとともに私の耳元を掠めて
耳たぶを軽く食んだ唇が首筋を伝い肩先へ辿りつくと
今度は舌先がうなじをゆっくりと舐め上げ、唇を柔らかく押し当てるように優しい口づけを何度も落とした。
どうしてこんなに優しく触れるのだろう。
ただの行きずりの戯れな睦みあいだというのに。
これじゃまるで恋人か何かに触れているようだ。
その印象からもっともっと傲慢で強引な抱き方をする人だと思っていた。
そう。あの視線の強さと同じくらいに。
だから・・・誘ったのに。
あの強さで翻弄されれば、忘れられると思ったのに。
本当に誤算。
こんなに優しく甘やかに女性を扱う人だったなんて。
「あ……んっ……」
肌を艶めき滑る彼の指先の感触がもたらす悦びに、堪えきれずに声が漏れた。
最も感じやすい部位を愛撫されているのならともかく
そこからは最も遠い腕や背中や脚をただ撫でているだけなのに
どうしてこんなに昂ぶってしまうのだろう。
「名前は?」
吐息だけで囁かれて背筋が震えた。
「んっ・・綾・・瀬」
「バーカ。そりゃ名字だろ。名前だ」
「香子・・ン」
私の体の脇を撫でていた彼の右手が私の頭を引き寄せた。
重ねられた唇で呼吸が苦しいほどに熱く貪られたかと思えば
甘く優しく触れてくる。
その心地よさにとろりと意識が溶けそうになると
また激しく冒し蹂躙し私を追い詰めた。
繰り返される甘やかな責苦の合間に
「香子」と囁やく彼の艶めかしい声のトーンが身体の奥深くを揺さぶった。
なんてキスをする人なんだろう・・・
これだけでもう頂点へと昇りつめて果ててしまいそうになる。
それを見越したかのように薄く笑った彼が低く囁いた。
「何て顔 してやがる」
「?」
「まだ これからだぞ?」
彼の言葉と妖しい笑みに、この先を思うと期待と興奮で胸が躍った。
身体の奥が熱く潤み始めているのが自分でもわかる。
はしたない? 否、はしたなくてもいい。
こんなにも誰かを欲したのは初めてだ。
だから・・・
湧き上がる欲望のままに抗うことなく任せてみたいと思った。
初めての自分を曝け出すことで、何かが変わるかもしれない。
「ねえ」
「何だ」
「優しいのね」
「物足りないのか」
「違うわ。ただ・・・」
「ん?」
背中から回された手が胸元を弄り、何度も小さく音を立てながら唇が肩先を伝う。
「アナタがっ・・・物足りないんじゃないかと思って」
一夜の情事とは思えないほどの優しく熱い抱擁は
まるで愛しい恋人を抱いているように思えてならない。
「女は 可愛がるものだからな」
「愛してなくても?」
「ああ」
「じゃぁアナタの恋人サンは気の毒ね」
「どうしてだ?」
「恋人じゃない人でも こうやって可愛がるんでしょう?」
ククク、と含み笑う声が肩甲骨に響いた。
「恋人がいたら他の女を可愛がる必要などないだろうが」
うーん、そうなのかな?と唸る私の肩をシーツへと押し付けて
覆いかぶさるように身体を重ねてきた彼の楽しそうに笑う瞳が揺れた。
「ったく・・・色気のない女だな。喋り過ぎだ」
「あ、ごめんなさ・・・」
語尾が吐息となって彼に飲み込まれた。
甘くて深いキスにじんわりと五官の機能が麻痺し始める。
「喋れなくしてやろうか?」

