平成のシンデレラ

その彼は野崎という名で大学の付属病院の内科医で
私よりも5歳年下だった。
学生時代から自分は女性を助ける場面に遭遇することが多いのだと
苦笑いする彼は、産気づいた妊婦さんを助けて部活の試合に遅れたとか
電車で隣に座ったお年寄りが突然発作を起こしたとか
歩道橋の階段で足を踏み外した少女を受け止めたとか
そんな武勇伝を爽やかに語ってくれた。
自分が医者になったのも天職だったのかもしれない、とも。
その視線は希望にあふれ輝いていた。


いいなぁ。こういう人。


それほど惚れっぽい性格ではないけれど 酔いと寂しさがあいまって
人恋しさを何倍にも膨れ上がらせたのだろう。
野崎にしなだれかかったり、擦り寄ったり抱きついたり、と
普段の私からはとても考えられない行動に出てしまった。
帰りたくない、帰らないなんて恥ずかしい事も平気で言える。
困り果てた野崎が深いため息をついて天を仰いだその時だった。


「お盛んだな」


その声に助かった、とでも言うような安堵の表情を浮かべた野崎が
腕にすがる私を遠慮がちに振り払いながら振り返った。


「や、やあ、南波じゃないか。久しぶりだな。元気か」
「まぁな」
「そ、そうか。よかった。」


「ふん」と鼻を鳴らして、怪訝そうに眉を寄せた「南波」と呼ばれた青年が
私の隣に座って、マティーニをオーダーした。


「ね~~この人、だあれ?オトモダチ?」
「ああ、学生時代のね」
「ふうん」


うわぁ、びっくり。すごいイケメン!と私は目を見張った。
未だかつてこれほどの美青年にはお目にかかった事がないくらいだ。
差し出されたグラスを受け取り、傾けるしぐさも決まっている。


「お前らな、イチャつくなら自分の部屋でやれ。ガキじゃあるまいし、わきまえろ」
「そうじゃないんだ。誤解だよ、南波」


「誤解?」と眉根を寄せた南波の視線が
野崎の腕にしっかりとつかまってしなだれかかっている私を捕らえた。


「その状況で誤解と言われてもな」
「いや、だからコレも彼女が勝手に・・・」


私を挟んで交わされる会話に合わせて左右を見比べた。
う~ん。それぞれどちらも捨てがたい。
方や笑うと白い歯がキラリと光りそうな爽やか好青年。
もう一方はふるいつきたくなるような色男。
路線は違えど、ちらもいい男には違いない。


けれど・・・


「こっちがいい~~~」
「うわ、なんだお前?!」
「こっちにするぅ~~」
「おい、くっつくな!」
「いやぁん。くっつくもぉーん」


時は深夜。状況はバーとくれば、やはり「ふるいつく」でしょう?


「ちょ・・・野崎!どうなってるんだ!?この女は!」
「だから、俺は関係ないって」
「お前の女だろうが!」
「それは誤解だって」


話題は私の事の様だけれど
私を会話に加えるつもりはないらしい二人の会話が
私の頭の上を通り過ぎていった。でもそんな事はどうでもいい。


だってこっちのオニイサン、とっても好い匂いがするんだもん。


縋りついた彼の腕に自分の腕をしっかりと絡めて肩に頭を預けても
言葉とは裏腹に振り払われるような気配はまるでない。
こんな事には動じないのか、それとも慣れているのか
口ほどに嫌がる風でもなく、むしろ平然としている彼の
甘やかにしっとりと馴染むような体感が心地よい。


「なんかぁ~ この人 すき~~」
「はぁ?」
「じゃぁ・・・俺はこれで。後は頼むよ」
「おい、コラ野崎 待て!」


そそくさと逃げ出すように扉を出て行った野崎に
ひらひらと手を振って私はまた隣の彼にしがみついて
スツールを小さく揺すった。
そんな私を呆れたように見下ろす瞳が溜息をついた。