震える手でライターをつけた。薄暗い部屋の中で、ぱっと手元が浮かび上がる。手の中で小刻みに揺れる炎は、思っていたよりずっと小さかった。なんだ、全然大したことないじゃん。溜めていた息を吐き出した拍子に、ゆらりと炎が揺れる。別に火にトラウマがあるわけではないが、私はライターというものが怖かった。マッチはもちろん着火マンも苦手だったし、正直火のついたロウソクさえ恐怖の対象だった。それでも煙草を吸おうと思ったとき、ライターは避けては通れない。私にとっては、人生で初めて煙草を吸うことよりも、人生で初めてライターを使うことの方がよっぽど難関だった。その難関を乗り越えたいま、後は煙草を咥えて火をつければいいだけだ。ガラステーブルの上に転がっていた1本の煙草を手にとり、唇に挟む。かすかにメンソールの香りが鼻を掠める。それから煙草の先端を、ライターの火のなかに入れた。先端が赤くなったことを確認してからライターの火を消す。私は大きく煙を吸い込んだ。不意に、彼が煙草を吸う姿を思い出した。
