あけぼのがようようと山を照らし始めた頃、フェーブは数人の足音に目を覚ました。そのまま畳みで寝てしまったせいか、彼の腰はぎしぎしと悲鳴をあげている。ゆっくりと立ち上がれば、更に痛みは増した。
 部屋主の姿はなく、部屋はいつもよりも静穏に感じてしまう。と、フェーブはそこで首を傾げた。
 すぐに帰ってくると言った本人がいないのだ。フェーブは痛む腰をあげて、縁側に通じる道を開けた。
 そこには若衆が楽しそうに朝帰りして来たらしい。ばれないように、こそこそと帰ってきているようだが、布擦れの音や足音でばればれだった。

「アエバ君たち、何をしているんじゃ」
「あ、フェーブさん!」

 若衆の一人、アエバが声をあげた。顔は嬉々としており、まるで、大きな大冒険をしてきたかのように目が爛々と輝いている。
 他の二人は疲れ切ったようで、何処かしらか疲れが伺えた。

「風優を見ていないか?」
「まだ帰ってきていないんですか?」

 アエバが驚いたような顔をフェーブに向けた。

「まだって……会ったのか?」
「え、ええ。良くフェーブさんが行く店まで一緒でしたから」

 そこで、フェーブの顔が真っ青になった。アエバたちはその表情の変化に怯えつつ、逃げるように屋内に退避していく。

「嫌な予感がするのぅ。こうしちゃおれん!」

 フェーブは風優の部屋に置いていた自分の銃を手に取り、とある事に気がつく。
 風優がいつも持っていた刀が書斎に置きっぱなしになっているのだ。フェーブはその刀を手に取り、隠れ宿を出た。朝の花街は見送られて出ていく男たちがほとんどだった。
 友を疑ってはいけないが、少しばかり複雑な思いを胸に走るフェーブ。
 ようやく、辿りついた宿前に行けば、たくさんの男たちが出ていく。しかし、そこに見知った顔はなく、フェーブはほっと息を吐いた。
 しかし、こうしては居られないと、フェーブは慌てて屋敷の中に入って行く。店には忘れ物をしたと告げてやれば、納得したように頷く。顔を覚えられているのだから、仕方がない。
 いつもの部屋に行けば、驚いた顔で振り返る風香の姿があった。
 彼女の寂しそうな顔が一瞬にして消しとんだ。花が咲いたような顔でフェーブを抱きしめたのだ。驚いているフェーブとは、裏腹に彼女は頬を桃色に染めていた。

「風優様はお見えになっていないのですか?」
「風優が来たのか!?」
「え、ええ。話を……されてはいないのですか?」

 彼女の頬の朱はさっと引いた。花の咲いたような笑顔は一瞬にして、枯れていく。

「風優と話って、あやつ、まだ帰ってきていないんじゃ」
「え!?」

 風香の目は丸くなる。フェーブも事の重大性に気がついたように、「まさか……」と顔を青ざめさせた。





 風優が目を覚ませば、そこはあやめもわからない場所だった。手探りで辺りに掴む物があるか、手を動かしてみる。
 ごつごつとした冷たい床、そして、チャラチャラとした鉄の音が響く。そして、更に手を伸ばせば、それは適わなくなる。強い何者かに腕を押さえつけられているような感じだ。
冷静に考え、立ち上がってみる。そこで、腕がピンっと張り、立ち上がれないことを知る。
 昨日までの記憶を遡れば、風香に酒を勧められ、千鳥足で門を出たところまでしか思い出せないのだ。
そこまで考えがまとまった時、ガタンと音が響き、横のほうからまばゆい光があたりを照らす。混凝土で作られた周囲に、鉄格子。風優は眩い光に目を細めた。
 光とともに現れた男は長髪を後ろで軽く束ねた男だった。すらりとした長身に、風優は少なからずとも嫉妬を抱く。
 彼は風優が起きている事に気がついたようで、にっと人の良い笑顔を見せるのだった。思わぬ出来事に驚いてしまう風優だったが、彼もまた驚いているようだった。

「やあ、君たちの縄張りに罠を晴らせてもらったんだ。こうも簡単に捕まえられるとは思っていなかったよ」
「お前は……クロノスの」

 風優は苦い表情で男を睨みつける。しかし、彼は鼻歌を歌う勢いで、風優のいる檻に近寄ってきた。そして、風優の目の前で腰を落とす。

「俺はヴェント・ハーベスト。クロノスの指揮官だ」

 男は人懐こい笑顔で告げる。風優は腰に手をやるが、何かに気がついたように腰の方を見た。
 普段、持ち歩いている筈の刀がないのだ。厭わしげに舌打ちを一つし、男を隻眼で睨め付ける。

「そんな怖い顔をしないでおくれ。俺はあんたを説得しに、此処に連れて来たんだ」

 風優は黙ったまま男の言葉を待った。得体のしれない人間だが、余計な事をして、自らの危険を作る事は避けたい。男は黙った風優に満足したのか、続きを話し始めた。

「竜をめぐる戦争が五千年前に起きた。その時、竜を守るために結成されたのがクロノスだ。今では鳥をも守る組織だ」
「それで……?」
「俺は五千年前に不死になった。きっと、あんたもだろう?」

 ふいに男の瞳が鋭くなった気がした。風優も同じように目を細めて、男の動向を伺う。
 が、彼はすぐに口元を笑ませて、けらけらと楽しそうに笑った。思わぬ出来事に風優は驚くしかない。

「俺は同族殺しが嫌いなんだ。あの戦争を経験した人間なら……なおさら、ね」
「仲間になれと? ふざけるな」
「まあまあ、落ち着いてくれよ」

 彼は宥めるような優しい声色で言う。風優の瞳は更に細められ、猫のようにぎらぎらと目を輝かせている。