三人の中で一番若い男――アエバが首をかしげながら言った。

「野暮だ。花街の表に行ってくる」
「あ、俺も行きたい!」
「お前、好きな女がいるだろうが」

 眉間にしわをよせると、彼は少しばかりしょんぼりしてしまった。仲間たちが笑って彼を突くものだから、また、からかって傷つけてしまったのではないだろか、と不安に駆られる。

「まあ、そんなに行きてぇならついてきな。ただし、俺は途中で帰る」
「えー。風優さんも楽しみましょうよー」
「今度な、今度」

 そう言って、若い三人を連れ立って歩く。玄関を出て、表に向かった。
花街の表通りは怪しい桃色の光に点々と輝いている。提灯は桃色の火を灯し、辺り一面を輝かせているのだ。
 家の中は妖艶な光が灯され、呼びこみの女たちが声をかけている。風優はそんな光景が嫌いだった。後ろの三人はどこに入るだとか、嬉しそうに話していた。
 と、風優は足を止め、一軒の家で立ち止る。

「おい、フェーブが好きな女郎がいたのは、ここか?」
「ええ。風香さんでしょう?」
「ほぉ、南大陸の奴なのか」
「はい。そういえば、風優さんも南出身でしたね。まあ、この町のシステムがほとんど南から来たものですから……南大陸の子が多いのは当たり前っすね」

 風優はアエバと並んで歩いていた。後ろの二人は初めての空気に緊張しているようであった。
少しばかり秋風が肌寒く、風優は上に何かを羽織ってくれば良かったかと苦笑した。暫く、その家を眺めていると、檻のようになった場所から、数人の視線が風優に向いている事に気がつく。しかし、気がつかないふりをした。
その様子に気がついたアエバが風優の横腹をつつく。

「風優さん、おごってくださいよ」
「くすぐってぇ、やめろ!」
「いいじゃないですか」

 アエバがにやにやとして、風優の顔色をうかがっている。この三人は最初っから財布などは持ってきていないに違いない。彼らの目がそれを告げていた。

「フェーブさんが、組で一番の金持ちは風優さんって言ってましたしねぇ」
「お願いしまーす」
「んだよ。集るな」

 不機嫌そうに告げれば、彼らはげらげらと笑った。いつも不機嫌そうにしている風優に慣れてしまっているのだろう。風優は深いため息をつき、「今日だけだぞ」と呟くように言う。
 すると、彼らは嬉々とした声をあげ、建物の中に入って行ってしまった。

「若いって怖ぇな」

 一人ぼやき、ゆっくりとした足取りで、三人の後に続いた。中に入れば、煌びやかな装飾を施された玄関が目に付いた。
 金を散りばめた店内の様子に、三人は立ち止っている。高そうな店に、フェーブのお金が底をつく理由を知った気がした。
 風優は三人に適当なお金を渡し、フェーブが愛しく思っている女性と会う事にした。座敷に通され、あちらこちらで嫌なにおいがつく。風優は眉をしかめて、彼女を待った。
 ようやく、やってきた女は、遅れてすみませんと頭を下げる。
 なんてことは無い、ただの身分の低い遊女だった。断られる心配はなかったが、少しだけ後悔した。
 彼女の顔が女とは思えないほどぐちゃぐちゃだった。殴られたのか、火傷なのか。それさえも解らなかった。

「風香、と申します。ご指名いただき、ありがとうございます」

 里言葉じゃねぇんだな、と一人思いつつ、風優は手をぱたぱたと仰いだ。一字違いの女に風優はすっと目を細める。

「すぐに帰る予定だ。座敷で遊ぶ事もしねぇ。ただ、渡す物があるんだ」

 そう言って懐から、フェーブから貰った枷を自分の目前に置いた。少しだけ近づいて気がついたのは、女から線香の良い匂いがする事だろうか。

「私が貰っても?」
「ああ。しかし、俺からじゃねぇ」

 その言葉に対し何かを悟ったのだろう。彼女の頬が強張ったのが解った。風優は誰の名前だと、言うのを躊躇った。
 言ってしまっていい物だろうか、と首を傾げるしかない。ただ、風優は目前の女性の目を見ることしかできない。彼女の目は虚ろだった。まるで、籠に閉じ込められた鳥のように。いや、羽さえ?がれてるのかもしれない。
 暫く、二人とも黙っていると、彼女が小さく笑って、囁くような声で泣いた。

「フェーブ様でございましょう……」
「あ、ああ」
「こんな私に良くしてくださいまして、なんてお礼をすればいいのでしょうか」

 女はぽろぽろと涙を零した。その様子からは、フェーブが振られた事と、何か関連があるのかも解らない。風優は話が長くなりそうだと踏んで、煙草の許可を貰った。

「あんた、どうしてフェーブにあんな事を言ったんだ? 嫌いじゃないのだろう」
「フェーブ様はとてもお優しい人でございます。こんな私とは釣り合いが持てないでしょう……」

 そう言って彼女は悲しそうに笑んだ。顔にあざだらけの理由は、もしかすると元からこの顔だったのかもしれない。

「だからって……」
「私は元々、この顔なのです。フェーブ様に傷つけられた訳ではございません」

 風優は黙り込んだ。いや、彼女の顔を見て、何かがぐさりと心に刺さった気がした。

「お客も取れない私は、この店では疎まれる存在なのです。でも、彼はこの顔を綺麗だと言ってくれました。可愛いとも。生まれて捨てられて、ここに辿りついた私にはもったいない言葉なのです」
「フェーブはあんたにべた惚れだ。つき返す必要はないだろう」

 風優の一言に風香は黙り込んだ。隣から嫌な声が聞こえて来た事に気がついた風優は隣の壁を思いっきり蹴り飛ばした。少しばかり黙ったので、風優は満足そうに笑う。その様子に驚いた風香だったが、すぐにくすくすと笑った。

「フェーブ様は……とても美しく逞しい方です。溝に落ちた物を拾い上げてはいけないのです」
「身請けの話をされたのか?」
「ええ。つい、この間……」

 少しだけ恥ずかしそうに俯く彼女に風優は深いため息をついた。どうも、すれ違いというのは、どことなく賽を歪ませてしまうのだろう。二人が同じ目を言い当てても、結果はずれてしまうのだ。

「その話、もう一度考えてはくれねぇか? 俺がフェーブを連れてくる」
「し、しかし……私は」
「外に出る資格がねぇってか。フェーブを誑かした罪は重いぜ? 何せ、あいつは組の中でも、重宝されているんだ。あいつ、今使い物にならねぇんだよ」

 風香は黙ってしまった。風優も黙った。暫く、重い沈黙が部屋を支配した。

「私で……本当に大丈夫なのでしょうか」
「ん?」
「居場所を無くし、ここに来た私を拾ってくれる事には嬉しく思います。でも、また捨てられたら……私はどちらへ行けばいいのです?」

 彼女はそう言って泣いてしまった。風優は煙管に煙草をつめながら、「フェーブが好きなもんをすぐに投げる訳ないだろう。あいつ、部屋がぐちゃぐちゃしてきたねぇんだよ。好きだったものは投げれない奴でな。可愛いだろ?」と告げれば、彼女は驚いた顔をした。

「……そうですか。すいません、フェーブ様に明日来ていただけるように告げていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。もちろんだ。俺はそのために来たんだ」

 そう告げてやると、彼女は美しい笑顔で笑った。顔の傷なんて気にならない、とっても、とても、美しい顔で。