その晩、不思議な夢を見た。

俺はあの壁の中にいた。
そこに広がっていたのは見事に手入れされた美しい庭園と、大理石でつくられた城のような優雅な建物。内装も豪華絢爛で、吹き抜けになっている大広間のステンドグラスの天窓は幻想的な美しさに思わず感嘆の声が漏れた。
これ以上のモノはなかなかお目にかかれることなどないだろう。

しかし俺はその直後、言葉を失うことになる。
目の前に立つ少女の美しさに。

それは容姿の話ではない。
驚きの表情で俺を見つめる少女の眼には、汚れが、負の感情が、全く見当たらなかった。見ず知らずの男が突然目の前に現れたのにもかかわらず、そこに不安や疑い、恐怖などといった感情すら表れなかった。

それは人として異常だ。

少女は自らをハクと名乗った。そして俺がどこから来たのかを問う。それに俺はわからないと答えた。嘘ではない。
ずっと旅を続けていた俺は自分の故郷のことを覚えていない。気がつけば世界を放浪する生活を送っていたからだ。

ハクは旅の話を聞きたがった。俺は自分の見てきた世界の話をしてあげた。
それは嘘ばかりのデタラメの世界。
俺の願望の中での世界だった。

ハクに本当の世界を見せたくなかったのだ。
純粋で真っ白な心を汚したくなかった。

だから俺はひたすらに嘘をついた。

本当の世界は真っ黒だということをハクは知らなくていいと思った。

俺は度々同じ夢を見るようになり、そこではいつもハクと一緒に過ごした。
ハク以外の人間はどうやら俺を認知できないらしい。
触れることもできない。
しかしハクだけは俺に触れることができた。
それは夢とは思えないリアルな感触で、まるで本当にそこに存在するもののように感じられた。

そのうち夢を見ることが楽しみになっていた。
俺は夢の中でしか会えない少女に惹かれていたのだ。
ハクのことを愛していた。

しかし、その時は突然訪れてしまった。

ハクは言った「あなたの世界はみんな作りものだった」と。
なぜ嘘だとわかったのか分からなかったが、ハクは机に広げた本を見ながら涙を零してそう言ったのだ。
そして俺はそのとき否応なしに悟ってしまった。
もうここに来れないことを。

最後に俺は俯くハクにいつもの嘘をもう一度だけついた。

俺の大好きなハクの笑顔を見たかったから。

しかし、ハクは笑ってはくれなかった。

独り黒い世界に戻された俺は泣きながら目を覚ました。
夢のような時間は終わってしまった。