この世界は真っ黒だ。
俺がここ数年の旅からみつけた答えだった。
どこへ行っても争いの絶えないこの世界への。

怒り、憎しみ、妬み、欲望、傲慢、欺瞞……。
人の世の常とは誰が言ったものなのか。
負の感情が飽和した村、町、国は真っ黒な霧に包まれ、争い奪い合い、いずれは滅んだ。

たった数年でいくつそんな光景を見たことだろう。
世界は異常な早さで黒い渦に飲み込まれていた。

もちろん、誰も彼もが悪い人間ではなかった。長い旅路では人の情けに助けられたこともたくさんあった。
それらの出会いを俺は否定しない。

だが、負の感情を持たない人間は誰ひとりとしていない。それは俺も例外ではない。
いつしか俺は人の黒い部分だけを見るようになっていった。

そうして自分自身をも真っ黒に染めていったのだ。


はじめてその壁を見たときはその白さに驚いた。
自分がそれに触れてはいけない気がしてしまうほど眩しく、異様なまでにこの世界から浮いて見えた。
高さは6メートルほどだろうか。壁に沿って一周してみるとだいたい100メートル四方の広さがある。
奇妙なことにその壁には門や扉どころか、窓の様なものさえ見当たらずただ同じ壁が続くばかりであった。
周りにこの壁より高い木はなく中を覗くことはできない。
よく見れば周囲の木は壁より高くならないように人の手が入っているようだった。
山間に位置するその場所は多少開けた土地になっているものの、人が住むにはあまりに不便なところだ。
周りに他の建物は一切見当たらない。近くを通る道は、今はほとんど使われていない旧街道だけだ。
俺の様な変わり者でない限りまず通ることはない。
こんな辺鄙な場所でいったい誰が管理をしているのだろうか。

これだけ興味津々ながらも、しかしその壁を越える術は見つからず俺はそこを後にした。