彼は3年前に私の目の前に突如現れた。名前を「クロ」と名乗った彼は、自分でもどこから来たのか分からないという。

不思議なことは他にもあった。
私以外の誰もがクロの存在に気がつかなかった。声も聞こえていないようだったし、人にぶつかるとすり抜けた。
私にはハッキリ姿も見えるし、声も聞こえるし、手だって握れたのに、それらができたのは私だけだった。

それからというもの、私とクロはいつも一緒にいた。世界の色は相変わらず真っ白だったけど、クロといた時間は楽しかった。

クロが話してくれるお話はどこかで聞いたことのある物語のようだったけれど、私には新鮮に感じた。
私の知らない世界を見てきたクロ。
きっとそこはたくさんの彩りに満ちたカラフルな世界が広がっているに違いない。私が見たことも聞いたこともないものたちが溢れているに違いない。
私の想いは日ごとに強くなっていた。私もいつかクロの世界を見てみたい。クロと一緒に。

私はクロの世界に憧れ、同時にクロを愛した。

クロは「いつか君をここから連れ出してあげる」と言ってくれた。クロと過ごした時間は私には幸せなもの“だった”

今、目の前に立っているクロは私が愛したクロとなんら変わりなかった。いつものように笑い語りかけてくる。

変わったのは私だった。

私は気付いてしまった。

クロがこの世に存在しないということに。


私の机に広げてある日記帳。
それは幼い時に私がつけていた日記。
つまらない日常に飽きた私がめちゃくちゃな空想を書きなぐった日記。

そこに書かれているのは、それは一つの世界だった。

クロが語り、私が憧れた、クロの世界そのもの。

クロの姿が誰にも見えないのは、声が誰にも聴こえないのは、誰にも触れることができなかったのは、つまり、そういうことなのだ。
私はそれに気付いってしまった。

クロは……。

クロは、私……。

目の前に立っていたクロはいつものように笑い「君をここから連れ出してあげる。いつか…」という言葉を残し、消えた。

私はまた孤独になった。