すずらんとナイフ




すずの胸は、どきどき高鳴る。

『はい。
どのようなご用件でしょうか?』

口角を上げ、よそゆきの声で答えた。

(冷静に…余裕を持って…)と自分に言い聞かせながら。


勇希はすずのほうへ歩み寄ると、言った。

『ここでゲイシャ頼めますか?』

『ゲイシャ…ですか?』

『二時にきて欲しいんだけど。』


……芸者って…?
こんなところで?
ラウンジで宴会でもする気なの…?


ポカンとするすずと勇希の間に微妙な空気が一瞬流れた。

ちょっとの間の後、勇希は吹き出した。


『ごめん、そっちの芸者じゃないよ。
タクシーの迎車。

お客さん帰るから、二時に駅まで一台お願いしたいんだけど、ここで手配して貰えるの?』


(……あっ!…)


すずは真っ赤になり、しどろもどろになりなった。


『…すみません…わかりました。
二時に…大沢さんですね……』

受付のカウンターに置かれたメモ用紙に
乱れた文字でオオサワ、と書き付けた。

ちらっと勇希の顔を見ると、勇希は笑いをこらえながら、いたずらっぽい目付きですずを見詰めていた。


『もう、そんな目で見ないで下さい!』

初対面なのに、つい、甘えた声で言ってしまった。


『ごめん、ごめん。じゃタクシーの迎車、よろしくね』


勇希は軽く片手を上げて、ラウンジに戻っていった。

すずを見詰めていた勇希の瞳がとても可愛くて、すずはすっかり恋に落ちてしまった。