すずらんとナイフ



半年前、初めて大沢勇希(おおさわ ゆうき)がこのラウンジに顧客を伴って現れた時、すずは全身に電気が走ったような衝撃を受けた。


ダークグレーのジャケットに臙脂色のネクタイを締めた勇希はラウンジに入ると、辺りを見渡した。

そして、受付にいたすずに
『あれ?田沢さん、いないんだ?』
と訊いた。


そのよく透る声は、そのまま勇希の素直な性格を表してるように聞こえた。

理香はその時ちょうど席を外していて、すずは誰か来たら、席の案内を頼まれていた。

『はい、すぐに戻りますけど。
えっと…』


彼の胸に付いたネームプレートを見ると「Y,OHSAWA」とあった。

すずは、手元の来場者リストに一致する名前を見つけた。


『ヤマダ製作所さま五名様と営業二課の大沢さんですね?ご案内します。こちらへどうぞ』


『ありがとう』

勇希はにっこりと人懐こい笑顔を見せた。

案内しながら、すずの手は震えていた。


(なんか、今、体が痺れた…)


勇希は、すずの好みぴったりだった。


一言で言えば、
[顔が濃いけど、爽やかな人。目線が自分より少しだけ高い人。声のいい人。]
がすずの好みだ。


すぐにラウンジに戻り、勇希のテーブルに水を運びたかったのに、理香が戻るまでは受付を離れることが出来ない。

勇希たちを窓際の長テーブルに案内すると仕方なく、受付に戻った。


(理香さん、早く戻って……)


やがて恵がトレイに水を乗せて運ぶ姿が見えて、すずはがっかりした。

ここにいては、勇希の姿を見ることは出来ない。


(チェッ…つまんないの。)

内心、不貞腐れながら、受付カウンターの上にある来場者リストを見ていると、

『すみません』
と声がした。


すずが顔をあげると勇希が立っていた。