すずらんとナイフ



朝。出勤した恵は早速フロアにある大小含めて二十卓あるテーブルのクロスの点検と、小物類のセッティングに取り掛かった。

クロスにシミが一つでもあれば、新しいものに取り替える。


「フフ〜ン♪…」

ラウンジの厨房で、すずは鼻歌混じりに大きなトレイに味噌汁の碗を並べ始めた。

こうしておくと、味噌汁を一気に次ぐことができる。


「あ、矢崎ちゃーん、ちょっと手伝って〜」


すずは、にこやかに、こないだ入ったばかりの学生に声をかけた。


「あ、はあい!」

素直な性格の彼女は、夜間の服飾デザインの専門学校に通っている。

他のコンパニオンたちはカウンターでグラスを磨き始めた。

今日は客が少ないから、コンパニオンもすずと恵の他、5人、計7名だ。

コンパニオンは客の人数によって招集されるしくみだ。


すずと恵はサブリーダーだから、毎日ラウンジに出勤するけれど、他のコンパニオンは、ダブルワークしている者が多かった。


主婦や大学生もいる。
一番年嵩は40歳。一番年下18歳と幅広くて、平均年令は32,3歳。
(これは、すずと恵が仕事が暇な時、計算して割り出した)


ロッカーの入り口には、ざっと30人ほどのタイムカードが並んでいた。


ラウンジは向こう側全面に窓がとられ、外の日本庭園が眺められるようになっている。

庭園といっても、専門の職人が手入れするのは年に数回とかで、今ひとつ乱雑な感じなのだが、ここでは窓の景色をまともにみる人間はいなかった。


「すずちゃん」

田沢理香に呼ばれたすずは振り向いた。


「今日ね、新人コンパニオン、入るのよ。
10時頃、渡辺くんが連れてくる予定だから。
あと、営業の田淵さんに中国のお客達が来たら日本酒、出してあげてって言われてるの。すずちゃん、よろしくね」

理香はそう言って、すずの肩をポンポンとたたいた。


「はーい。わかりましたー日本酒、了解でーす!」


長身で均整の取れた理香の後ろ姿を見ながら、中国からの客は勇希が連れてくるのかもしれない、とすずは思った。


思わず、ウフフ…と笑みがこぼれそうになるのを堪える。


父親の仕事の都合で小、中学時代をカナダで過ごした勇希は、英語が堪能だった。