「加藤さんには帰ってもらった。
午後は俺が入るよ」
すずは無言のまま頷いた。
「…あの、言い訳出来ないけど、あれは違うんだ。ほんと不愉快な思いさせて申し訳なかった」
すずは、ゆっくりと渡辺の顔をみた。
狼狽した渡辺の目。
いつもポーカーフェースなのに。
「頼むから誰にも言わないで…」
すがるように手を合わせる。
こんな渡辺を見るのは初めてだった。
なにが違うんだろう…
すずは見た。
渡辺の両腕は、しっかりと史歩の体に回されていたのを。
あれは紛れもなくキスの前の抱擁だ。
その時、ラウンジに人の声がした。
社員が客一名を伴い、入ってきた。
すずは急いでラウンジに出た。
渡辺も続く。
「いらっしゃいませ!」
すずがお辞儀をして笑顔で言う。
渡辺は社員に「ホットコーヒー二つでよろしいですか?」と聞いた。
社員は頷き、渡辺は横にいたすずに
「ホット二つね」と言った。
すずは返事をする代わりに
「渡辺さん、馬鹿ね」
と小声で言い、カウンターの上のコーヒーメーカーを指差した。
「ごめん…俺がやるよ」
渡辺はバツの悪い顔をした。