すずらんとナイフ



すずがラウンジで働き始めた頃、渡辺はリーダー田沢理香が好きなのではないかと思った。


二人はよく似ていた。

やることにそつがなかった。

立ち居振る舞い。
言葉遣い。


社員たちの飲み物の好みを覚えていて、その接客は完璧だった。


だが、似た者同士は駄目なのだ、とすずは気がついた。


ラウンジが忙しい時期になると、理香と渡辺が小声でやりあっているのをすずは何度も見かけた。


あの二人には仕事上のなんらかの利害関係があるようだ、とすずは思った。

それが、何なのかはすずにはわからない。


渡辺がからかうように言った。

『三浦さんはいつも楽しそうだね、リア充いいなあ』

『…なんです?それ。人をお気楽者みたいに』

『ハハ。褒め言葉だって…おっと』


史歩と矢崎がラウンジにあらわれると、渡辺はクロスをすずのほうへひらりと放り投げた。


『じゃ、よろしく。なんかあったら、内線掛けて』

右手でコールの仕草をして、史歩たちに『おはよう』と声を掛けながらラウンジを出て行った。


渡辺の今朝の自由さと理香の不在は、無関係ではないだろう。

渡辺は父親ではあるけれど、まだ26歳の青年なのだ。


(渡辺さんにとって、理香さんは目の上のタンコブなのかな…)


渡辺のスレンダーな後ろ姿を思い出しながら、すずは思った。