すずらんとナイフ



「すずともう一人の人に悪いと思って、一旦帰るふりして、後から合流したんだよね」

「そうなんだ」

(いつのまにそういう話になったんだろう…)

「外見はブサイクだけど、結構良かったよ。ああいう方が尽くしてくれるんだよねえ!」

「ふうん…」

ついていけない。
すずは、素っ気なく言った。




午後2時過ぎ。

すずは、ラウンジの奥にある控え室のデスクの上に弁当を広げ、遅い昼食を摂った。


すずの手のひらほどの小さな弁当箱に、ふりかけご飯、ウインナー、冷凍食品のコロッケとミックスベジタブルを詰めただけの弁当。


遅い時間に昼食を摂ることには、すっかり慣れた。

食べ過ぎると午後、眠くなってしまう。これで充分だった。


控え室は窓のない狭い空間だ。

壁には文字だけのカレンダーが貼りつけられ、事務デスクと椅子が一組置かれただけの殺風景な部屋だ。


渡辺がよくここで、事務仕事をしている。
シフトを作ったり、タイムカードを整理したり。

理香と業務の打ち合わせをするのもこの控え室だ。


なんでもない部屋なのに、すずはここに一人でいると妙に落ち着いた。



今朝、来場者リストを持ってきたのは、田沢理香ではなく、渡辺だった。


『田沢さん、家族でグアムに行ってるんだって』


渡辺は、リストをすずに手渡しながら言った。


『いいですねー春休みだもんね』


『三浦さんも宮古島行ったしね。
俺もどっか行きたいよなあ…』


渡辺はぼやきながら、珍しくすぐに立ち去ろうとしなかった。

カウンターに置いてあったクロスを手に取り、グラスを磨き始めた。


『渡辺さんちはしばらく大変ですよね。三人目生まれるし…』


『ほんとはなあ〜作るつもりなかったんだよな。失敗しちゃったんだ』


『うわあ、渡辺さん、
そんなこと言わないでよ!』


すずは笑いながら、渡辺の腕を軽くぶった。

渡辺も笑い、おどけて軽くよろけてみせた。


今日の渡辺は快活だった。